旅の予定は未定



 午前中の便で日本を出て、こちらに付いたのはドイツ時間で午後3時ごろ。
 その後ホテルに移動して、いろいろやっていたら気付けばホテルをでたのは5時過ぎ。

「腹具合はどう?先に夕食済ませようか?」
「おう!」

 力強くいう臣に、お姉さんが笑いながら他の人間を見回した。
 どう?と首を傾げられて、それぞれ笑って、あるいは苦笑して頷く。

「機内食でブロイラーになってたでしょうに。元気ねぇ。」
「あんなん、くった気にならねぇっての。」
「おやま。それでどんなのが食べたいの?」
「美味いのを頼む。」
「うっわ、一番困る答え。」

 くすくすとお姉さんが笑う。
 臣とのやりとりは、まるで掛け合い漫才のようだ。

「ふむ。じゃぁ適当に。」

 そう言って入ったのは駅の近くの裏通りにあった、こじんまりとしたお店。
 そこで、適当に料理を頼み、しっかりとビールはジョッキ、ワインもボトルでオーダーした。
「ああ、食費は預かってるから、気にせず食べなさいね。」
 にこりとお姉さんが言った。
「本に載ってるようなお店もいいけど、私はこういう小さな店のほうがすきなのよ。
たまに外れることもあるけど、地元の味を楽しめるでしょ?日本で言う定食屋の感覚で。」
「そうですね。」

 出てきた料理を前にして、譲や譲子が頷く。
 将と臣はそうそうにビールに手をだしていた。
「ああ、でも、むやみに裏通りに入らないようにね。一本道を間違えただけで、危ないところも多いんだから。」
 日本ほど安全な国は少ないのよ、とお姉さんが付け加えた。
 頷きながら、それぞれグラスをとる。
「あ、まっ!」
 琥珀色の液体を口にして、のぞみが思わず叫ぶ。
 まずいのではなく、ビールのような色なので、その味を想像していたため、予想外の甘みに驚いたのだ。
「あ、それエッベルバイだから。」
「え?」
「りんごのお酒。他の場所ではアプフェルヴァイン、だったかな。アップルワインと私は覚えたけど。
川向こうの町の名物なんだけどね。葡萄が不作の年に代用品として作られたそうよ。結構いけるでしょ?
甘酸っぱい独特の味だから、譲子ちゃんたちも、記念に飲んでごらん?」
「あ、本当。飲みやすい。」
「うん。おいしいです。」
 譲がにこりとお姉さんにいう。
「ソーセージも美味しいよ。ご存知フランクフルトソーセージ。大ぶりなのが特徴。」
 めしあがれ、というお姉さんに、それぞれが料理を食べ始めた。



「あ、そうだ。明日からの観光だけど、どうする?どこか行きたいところ、ある?」
 お姉さんに聞かれて、全員顔を見合わせた後、首を振る。
「何せ、急な旅行だったからなぁ…」
「特には。お任せしてもいいですか?」
 将臣がため息をつき、のぞみがお姉さんに告げる。
「ふむ。じゃぁ春日さんに言われたようにするか。」
「え?」
 不思議そうというより不審そうにのぞむが言えば、にっと笑ってお姉さんが言った。
「適当な観光名所と、譲ちゃんと譲子ちゃんが楽しめるところに連れていけば大丈夫っていわれたのよね。」
「私達…ですか?」
 きょとんとして譲が言う。
「そ。二人が楽しんでいれば、他の4人から不満が上がることはないって言われたから。」
 当たり?といわれて、男達が笑う。
「まぁそうだけどよ。」
「母さんも大雑把だな。」
 臣が苦笑して、のぞむが呆れた。
「んじゃま、適当に考えておきますか。」
「いい加減な…」
 将が言えば、お姉さんが笑った。
「だから楽しいんじゃない。名所めぐりだけなら、こてこてのツアーでもいけるでしょ。
せっかくの個人旅行なんだから。面白いことしなきゃ。
春日さんが、フルツアーにしなかったのだって、そのためでしょうしね。」
「母さんが?」
 のぞむが訝しそうに聞けば、お姉さんが笑う。
「子供達だけの旅行なんだから、全行程添乗員付きツアーのほうが安心だろうに、
個人旅行にしたのは、社会勉強というよりは、君達に楽しんでほしいと思ったからだと思うよ。」
「それは…」
「時間指定でバスで名所を回りまくって、免税店めぐり。
あちこち移動しなきゃいけないから、観光している時間より、移動している時間のほうが長い。楽しい?」
 言われてゆっくりとのぞむたちは首を振る。
「そういうこと。君達を信頼して子供達だけで送り出して、けれど心配で私に付き添いを頼んで。
楽しんで欲しくて助言して。いい親御さんね。」
 大事になさいと穏やかに笑うお姉さんに、頷くもの、そんなんじゃないと照れ隠しにぼやくもの、赤くなって微笑むもの、それぞれが照れて様々な反応をした。





 駅の近くのお店で夕食をすませた後、帰りがてら駅の中の店をいろいろと冷やかしていく。
 みやげ物屋があるのはともかく、ファーストフードの多さに驚く。
「はい、これがどこにでもあるスターバックスでございます。」
 お姉さんがくすくすと笑って指す。
「でも、国によって微妙に味が違うから、面白いよ。」
「そうなんですか。」
「帰りに買っていってもいいわね。」
 笑いあいながら歩いていく。

「あ、ノルドゼーある。」
「ノルドゼー?」
「お魚を主に使ったファーストフード。魚介類をつかったサンドイッチとか、魚肉のハンバーガーとかがあるの。結構おいしいわよ。」
 肉屋の奥をさしてお姉さんが言う。
「ここのソーセージもおいしいし、ほら鳥が丸ごと。」
「すごい…」
「うまそうだな。食ってみるか。」
「って、兄さん。もうおなかがすいたのか?」
 さっきアレだけ食べたのに…と譲が呆れる。
「それはそれ。」
「あはは。じゃぁ臣くん、そのソーセージ頼んでごらん。お勧めだよ。」
 長いソーセージをさしてお姉さんが言う。
 言われるままに指差してソーセージを頼めば、パンにサンドされて、紙をそえてそのまま渡された。
「なんでパン?。」
「パンが入れ物代わりなのよ。面白いでしょ。」
 ちょっと硬めのパンとともにソーセージをかじりながら、おう、と臣が言う。

「さて、そろそろ戻ろうか。明日はちょっと遠出しようと思うから。」
 そう言って、再び駅の地下道へと戻る。
「遠出?」
「明日は日曜日でしょ?日曜って、ドイツのほとんどのお店が休みなのよ。
だから、市内観光よりもちょっと遠くの遺跡や建物でも見に行こうとおもって。」
「はい、わかりました。」
 歩きながら説明を聞いて、譲と譲子が頷く。

「明日は7時には朝食だから。寝坊しないでよ?」

 ホテルに着くと、お姉さんはそう告げて、それぞれ部屋に戻った。
 とりあえず、フランクフルトの初日は無事に終わった。
 飛行機に乗っていた時間のほうが長かったはずなのに、その後の時間のほうが長く感じてしまうのは、密度の濃さのせいだろう。
それぞれが部屋でため息をついた。

それは悪いものではなかったけれど。





written by sou



文 総
2007.02.02日記 旅の予定は未定 加筆修正