可愛い嫉妬



「ふふ、可愛いね。」
ヒノトがさらりと譲子の髪を撫でる。
それを見て、ヒノエがヒノトをにらみつけた。
「ヒノト…いいかげんにしろよ。」
「男の嫉妬は見苦しいよ。」
「てめぇ…」
「………(どうしよう)」
譲子をはさんで歩きながら口げんかするヒノエとヒノト。
口を挟める雰囲気でなく、譲子は困り果てていた。
すると、ヒノトの向こう側から聞きなれた声がした。
「ヒノト?また女の子を口説いてるのか?」
「譲!」
「譲?」
ヒノトの嬉しそうな声にぱっと顔を上げれば、のぞむと譲が立っていた。
ヒノトに声を掛ける譲を不思議に思いながらも、譲子は助かったと思って視線を投げる。
「久しぶりだね、譲。」
「久しぶり、ヒノト。」
ヒノトににこやかに挨拶されるが、譲はどこか硬い声で返事をして、譲子とヒノエを見た。
譲子は、譲と目が合うと、つい困ったように微笑んだ。実際困っていたのだ。
三人の顔を見比べた後、譲が笑顔で青筋を浮かべた。
「………ヒノト?」
「ゆ、譲?」
譲の冷ややかな声に、ヒノトが冷や汗をかく。
「…お前の趣味をとやかく言う気はないが、相手が困るようなまねはやめろといっているよな?
まさか譲子が困っているのが分からないような馬鹿じゃないよな?」
いつになく黒い笑みの譲に、ヒノトのみならず、ヒノエや譲子までもが引く。
「え…と。」
「ヒノト?」
再び冷ややかに名を呼ばれて、ヒノトが慌てて謝罪した。
「ごめんなさい。」
「謝る相手が違う。」
譲の静かな怒りに、ヒノトが譲子に頭を下げた。
「ごめん、姫君。困らせるつもりはなかったんだけど。」
眉を下げて困り顔で言うヒノトに、譲子はいえ…と答えるが、代わりに譲の低い声が響いた。
「困らせるつもりでやったのなら、絶縁するぞ。」
譲がぼそりというのでヒノトが固まる。

ヒノトにとって、譲は可愛い可愛い女友達。
じゃれ合いだけでなく、本音も言える数少ない相手だ。
優しくて強い。おそらくは、自分が知る中で最も強いとヒノトは思っていた。
少年のようなキリリとした言動も、時折見せる花のような微笑も、ヒノトのお気に入りだ。
譲葉の姫というにふさわしい、潔さと、ほのかな、けれど美しい花を持つ姫君。
敦美と同じくらい愛しく思っている相手の口から、絶縁などという言葉が出てはヒノトも焦る。
譲は自分が女性を口説いても、よほど強引な真似をしなければ怒ることは無い。
なぜ、ここまで静かな怒りを滾らせるのかが分からない。
そういえば、譲には、似たような容姿の愛らしい従姉妹がいると聞いた覚えがある。
譲の口ぶりでは、その従姉をとても大切に思っているようだった。
彼女が、そうなのか?
だから、こんなにも怒っているのだろうか。

ヒノトが困惑していると、疑問に思ったのはヒノトだけではないようで、譲子も不思議そうに言った。
「譲…。なんで、そんなに機嫌がわるいんだ?」
のぞむ兄さんと一緒なのに。と、譲子は首をかしげた。
のぞむと居るときの譲は、普段の少年的な部分はほとんどなくなり、ふわふわの可愛い優しい女の子になるのに。
譲子が譲を見つめて言うが、譲はそれには答えず、眉根を寄せただけだった。
「……なんでもない。それより、いいのか?急いでいたみたいだけど。」
「ああ。って、ヒノエ?」
「………………」
じっと譲を見ているヒノエを、譲子は不思議に思って見ていた。
そしてそれ以上に、譲を見つめているヒノエに何もしないのぞむを、不思議に思った。
「…ヒノエ、っていうんだ。」
譲子の言葉をきいて、譲がヒノエに話しかけた。
「ああ。そういえば名乗っていなかったね。愛らしい姫君に対して失礼したね。」
「なに言っているんだか。君も、その口調を直さないと、本命に信じてもらえなくなるよ。」
譲の言葉に、ヒノエは苦笑しかでない。
くすくすと笑う譲の笑顔が、なんだか力なく感じて、譲子は落ち着かない。
「先輩、行きましょうか。」
譲が、隣で珍しく黙って佇んでいたのぞむに言えば、のぞむは譲を見つめた後、宥めるように言った。
「………いいのかい?ゆずちゃん。」
ありえない言葉を聞いて、譲子が目を見張る。
いつもののぞむなら、あれやこれやと譲を丸め込んででも、二人っきりになろうと立ち去るはずなのに。
「ちゃんと言わないと、伝わらないよ?」
「先輩…」
のぞむが優しい眼差しで譲を見つめ、そっと頭をなでる。
「分からない…から…」
のぞむに言われて、譲は悲しそうな顔をしたあと、首をふってのぞむに抱きついた。
その仕草に、譲子はますます驚いて譲を見た。

あの極端な恥ずかしがり屋が、人前でのぞむ兄さんにだきついて、しかも、のぞむ兄さんがただ背中をあやすようにたたくだけだなんて!
隙あらばハグしたりキスしたりさわりまくったりしているくせに!

ありえない…と譲子は思わず呟いた。
それをじっと見ていたヒノエが、隣で固まりかけていたヒノトに話しかけた。
「…ヒノト。」
「なんだよ。」
ヒノトが低い声で返事を返せば、ヒノエはにやりと笑った。
「貸し一つ。」
「は?」
怪訝そうにヒノトがヒノエを見れば、ヒノエは譲見つめたまま言った。
「可愛いほうの嫉妬だ。ちゃんと言っとけよ。」
意味が掴めずに、え?と譲子がヒノエを見るが、ヒノトは理解したらしい。
すぐに譲の隣に行く。
するとのぞむにだきついていた譲が、そっと顔を上げて離れた。
そんな譲に苦笑しつつ、ヒノトがささやきかける。
「譲…。君は本当に可愛いね。」
「誰にでも言うくせに。」
不機嫌をあらわにして、譲が言う。
「譲は特別だっていってるだろ?」
「お前の特別は平等と等しい。」
切り捨てるように言われた言葉に、ヒノトはそれでも微笑んで譲に言った。
「ひどいな。」
「普段の行いが悪いからな。」
譲がとげのある言葉で言うのを、苦笑しつつもどこか嬉しそうな顔で、ヒノトが言った。
「悪かったよ。君の可愛い従姉妹姫を困らせて。」
「………え?」
ヒノトの言葉に譲がきょとんとした。
その様子を見て、ヒノトは自分の考えが間違っていなかったと知る。
「譲子が言ったのか?」
「いや。譲がいっただろう?東高に、従姉妹が居るって。」
「それは…」
「譲に似ていたからね。すぐに分かったよ。」
微笑みと共にささやけば、譲が憮然として言った。
「…似て無いよ。」
「ふふ。そうだね。彼女は可愛いけど、譲は綺麗だからね。」
その言葉に、譲が赤くなる。
譲子はえ?え?と二人を見比べる。
(譲〜!?お前、どうしたんだ!?そんな趣味があ…るわけ、ないよな?)
譲子が百面相するので、ヒノエが噴出した。
「ヒノエ。」
「そんな声をだすなよ。大丈夫。ほんと、あの姫君は可愛いね。」
譲子がじろりと睨めば、くすくすとヒノエが笑う。
ヒノトは譲の手をとると、手の甲ではなく手の平に口付けた。
礼儀ではなく、愛情。そんな意味を込めて。
「私の親友は、君だろう?」
「…あぅ…」
君が一番愛らしいとささやけば、真っ赤になる譲に、満足そうに笑うヒノト。
「はい、そこまで。」
ぱっとヒノトの手から、譲を奪い返すのぞむ。
「それ以上は、いくらゆずちゃんの友人でも、認めないよ。」
「君に認めてもらう必要性は?」
「あるね。ゆずちゃんは俺のだから。」
のぞむはぐいっと後ろから譲を抱きしめた。
とたん、我に返ったように譲が真っ赤になって暴れだす。
「せ、せんぱい〜〜」
「ん?どうかした?」
あうあうとのぞむの腕の中で赤くなる譲。そんな譲をみて、ヒノトが笑う。
「ま、譲を困らせたくないからね。ここは大人しく引いておくよ。」
「賢明だな。お前の従兄弟はどうだ?」
「さぁ。…馬鹿じゃないと、おもったけどね。」
ちらりと後ろのヒノエを見てヒノトが言う。
「従兄弟…って、ヒノト、ヒノエさんと従兄弟なのか?」
譲が首をかしげて二人を見る。
「ああ。譲、これにさんなんかいらないよ。」
「さんだと、女性みたいだから?」
譲のトボケた意見にずっこける3人。
「ふ…ん、ヒノエ、ね。はじめまして。俺は譲子の兄代わりののぞむ。ついでにあののぞみの従兄弟。」
あえて譲との関係は告げずに、のぞむはじろりと、値踏みするかのようにヒノエをねめつける。
「どうも。俺はヒノエ。」
「ああ、ヒノトの従兄弟だろ?」
「詳しいね。」
「まぁね。」
予防は大事だからな。
のぞむがヒノエを見てくつりとわらう。
「ま、どっちだろうと、どちらかだけでも泣かせようものなら、容赦しないからな。」
「…肝に銘じておくよ。」
ヒノエがにやりと笑い返し、ヒノトが苦笑した。
基本的にのぞむにとって譲以外はどうでも良いのだが。譲子は例外だ。
本人の自覚は薄いが、可愛い妹分。泣かせるものは容赦しない。
「あ、ゾミは存分にいじってくれ。」
「ゾミ?」
「のぞみのことか。」
「のぞむ兄さん!!」
「先輩…」
ヒノトが不思議そうにいい、ヒノエはその一言でこの二人の力関係を把握した。
譲子が怒って怒鳴り、譲がため息を漏らした。



俺はどっちでも同じだが。
男でも女でも。ヒノエでもヒノトでも。
譲でも譲子でも。近づくやつは気に入らない。
まぁ、譲子の場合は、礼節さえ守れば見守るくらいのことはしてやるが。
どうせ、譲子はゾミだけなんだから。

だけど…
譲は違う。

譲はヒノトが自分と譲子を同一視したのが、哀しかったのだ。
ヒノトは、譲の数少ない女友達だから。
譲は人気があるが、その実気の置けない友達というものが少ない。
その役目を譲子が担っていたから問題ないが。
誰にでもやさしい譲は、特別が少ないのだ。

だから譲は分からないといったのだ。何が哀しくて何が嫌なのかが。
ヒノトの隣に来た譲子に妬いているのか、自分と譲子を同じように見たヒノトに怒っているのか。
初めて感じる感情にとまどい、わからないから譲子を守るための怒りにすり替えた。
だれもが自分たちを混同する。
だから、自分の友人であるヒノトには、そうして欲しくなかったのだ。
他はともかく、お前はだけはしないでくれ、というある種の甘え。

『女の可愛い嫉妬』

さすが、タラシだな。



「じゃ、俺たちは行くから。譲子。そろそろ戻らないと、ゾミが待ってるんじゃないのか?」
「あっ!いけない。」
のぞむが言えば、譲子は慌てて時計を見た。
「そうそう、ヒノト。先ほど女帝に会ったぞ。」
「ゲッ、あいつ、来てるのか!?」
のぞむがヒノトに告げれば、あからさまに嫌そうな顔をする。
「そりゃ、来るだろう。理事長の秘書だぞ。」
にやりと笑ってのぞむは譲をつれて立ち去った。
譲との時間を邪魔されたんだ。これくらいの仕返しは、妥当だよなと思いながら。




written by sou

君だけの天使(守護天使) または 譲葉の君(平弟妹とヒノト)へ続く

文 総  2006.10.12日記
可愛い嫉妬 加筆修正