同門の兄弟弟子 (喧嘩編)



廊下を歩いていたのぞむが、急に体を反転させた。
「ゆずちゃん、あっちはちょっと危ないから、戻ろうか。」
「は?危ないって…。トラブルですか?大丈夫で…」
「つれないな、のぞむ。」
譲がのぞむの体の横から前を覗き込もうとしたら、のぞむの背中越しにけだるげな声が聞こえた。

チッ

のぞむが舌打ちをする。
「行こう、ゆずちゃん。君子は危うきに近寄らず、だよ。」
「え?でも…?」
「…のぞむ…挨拶も、なしか?」

無視だ無視!

無言で譲の腰を抱いて歩き出すのぞむを、譲が不思議そうに見る。
こうみえても、のぞむは礼儀作法はきちんとしている。
春日の祖父が古武術の師範であったためか、そのあたりは叩き込まれている。
自分に挨拶するものを無視するなど、普段なら考えられない。
たとえ、どれほど慇懃無礼であろうとも、なんらかの反応は返すのだ。

「…譲葉の…姫君…か。」
その声の持ち主が、すいっと、譲の後ろの髪を救い上げると、のぞむは神速でその相手と向き合い、譲を背後に隠した。
「相変わらずじゃねぇか、知盛。」
「お前も…な。相変わらず、獣のよう…だな。」
知盛に顎を捉えられ、のぞむの顔がひきつる。
その目を覗き込んで、知盛は楽しそうに笑う。
「先輩…?」
譲がのぞむの後ろから、そっとその相手を見る。目があうと、その人はにやりと笑った。
「お初にお目にかかる。平 知盛と申すもの。春日師範には、大層世話になり申した。」
時代がかった口上を述べ、知盛が譲の手を取った。
「春日のお祖父さまの、お弟子さん…?」

なるほど、だから先輩の知り合いなのか。

のぞむは、子供のころから春日の祖父について、古武術を学んでいる。
年も違えば、趣味も性格も違いそうな二人の接点がわかって、譲は一人頷いた。

バッ

あと少しで譲の手が知盛の唇にふれようかというとき、のぞむが譲を抱き寄せて、両腕の中に閉じ込めた。
「くっ」
「てめぇ…」
のぞむがいくら睨んでも、知盛は笑うだけだ。
「さっさと女帝のところに行きやがれ!!」
「つれないな…。久しぶりの、兄弟弟子との再会だ…。喜んではくれないのか…?」
「だまれ!この歩くCERO Z!」
「ほう…ではお望みどおりに…。」
す、と譲に手を伸ばす知盛の股間を、思いっ切りけり上げると、のぞむは譲を抱き上げて走り出した。
「せ、先輩!?」
「ちょっと我慢してね、ゆずちゃん。」

ニコリと、バックの黒い気配とは正反対の笑顔をだされ、譲は困惑しながらも、こくりと頷いた。

…あれが、いつものやりとりなのかなぁ。あの人、ずっと笑っていたし。

春日道場の内弟子たちの奇抜な面々を思い出し、譲は自分の身の危険など一切気付かずに小さく笑った。
残されたのは、あまりの速さに反応出来ず、うずくまって悶絶する一人の男。








 同門の兄弟弟子 (穏やか編)



「のぞみくん。」
「重衡さん。きてくださったんですか?」
「はい。盛況ですね。」
にこにこと、穏やかな笑顔で会話がなされる。
譲子は不思議そうに目の前の青年を見た。
年は20代前半。ただのサラリーマンには見えないし、かといって、芸術家や学者とも雰囲気が異なる。
なにより、のぞみとの関係が見えない。
不思議に思って見つめていると、ニコリと銀色の髪の青年が笑った。
とたんに騒がしくなる周り。

『キャー、あれ、銀じゃない!?』
『あ、本当だ。そっくり。』
『え?本物!?』

「銀…?」
譲子が考え込めば、青年がくすりと笑う。
「はじめまして、姫君。私は、平 重衡と申します。」
すっと、手を胸にあて、お辞儀をする姿は、貴公子のよう。
再び周りから黄色い悲鳴が上がる。
「平…さん、ですか?」
「重衡で構いませんよ。譲葉の姫君」
穏やかな笑顔で告げられ、譲子は、は?と相手の顔を見た。
「重衡さん、その呼び方は…。」
「ああ、失礼しました。あまりに可憐な方でしたので。そうですね。譲葉の姫君は、お二方いらしたのでしたね。」
その言葉に、譲子が目を見張る。
「のぞみくんの譲葉殿、とお呼びするべきでしたね。」
「し、重衡さん!!」
のぞみが赤い顔で叫ぶ。譲子は意味が分からずハテナマークを飛ばしていた。
そんな譲子に、のぞみがごまかすように説明する。
「春日のお祖父さんの、お弟子さんなんだ。通称『銀』さん。その名前で、ある企業のイメージモデルをしているから。」
「お祖父さんの?じゃぁ、先輩の兄弟子にあたるんですね。」
なるほど、と譲子が頷く。
「本当に愛らしい方ですね。のぞみくんが溺愛するのも、分かる気がします。」
その言葉に、のぞみは真っ赤になってあせり、譲子は苦笑した。
「そういえば、のぞむくんは、どちらに?」
「のぞむくんなら、西校舎のほうだったと思うけれど…」
どうかしました?とのぞみが言えば、重衡は微笑んだまま言った。
「いえ、兄上がのぞむくんに会いに行っていましたから。何事もなければよいのですが。」
あの、兄上ですからね。
重衡が言えば、のぞみが苦笑した。
「そうだね、喧嘩してなきゃいいんだけれど…」
「兄上では、相手にならないから、その心配はないと思いますよ。」
重衡の言葉に、のぞみが首を傾げる。
「ただ…有害ゴミになっている可能性はありますが。」
限りなく穏やかかつさわやかな笑顔で言う重衡に、二人が絶句する。
「有害って…」
「ゴミ…」



「おーい、西校舎の2階で、銀髪の男が生ゴミになってるってよ。」
「のぞむにやられたらしいぜ。西高の女生徒が連絡してきた。」
西高の生徒はのぞむの行動に慣れているので、このくらいなら冷静に対処してしまうのであった。
「こまった人ですね。大方、のぞむくんの譲葉の君にでも、手出ししようとしたのでしょう。」
「ああ、のぞむ兄さん、ゆずがからむと容赦ないからな。」
「のぞむくん…譲ちゃんがからむと、人外魔境の境地に入り込むからなぁ。」
だから、知盛さんでも勝てなかったのか、と呟くのぞみに、重衡が苦笑する。
この心優しい少年は、自分たちの実力を理解していない。
一つは、彼の性格が戦いに向いていないから。そして、彼の従兄弟は稽古で全力をみせたりしないから。
だから、二人は私たちに勝つことはあまりない。
もう一つは、私たちが学んだのが古武術ということ。
学校や部活で行う剣道や武道とは微妙に異なるため、人によっては大会などでは好成績をだせないのだ。
事実、のぞみくんも学校の授業ではとまどったときく。
だが…

二人が『本気』で『実戦』を行ったなら。おそらく自分たち兄弟など敵ではあるまい。
さすがは古武術の伝家、春日の男児だと、実感させられる。
ただ、二人が『本気』になることが、ほとんどないのだ。
理由は、正反対のものだが。
兄ではないが、一度でいい。本気の彼を相手にしてみたい…と、重衡は思った。





written by sou

ゴミのポイ捨てはやめましょう(知盛の行方)へ続く


イラスト sava   文 総 2006.10.18-19日記
同門の兄弟弟子、やらせましたvv 加筆修正