喜色



「パンドラの箱…ね。」
知盛は将が立ち去ると、くつりと笑った。
そんなものが本当にあるのだとしたら…
「遅い…な。」
おそらく、自分はもう、それを開けてしまったのだから。

初めてそれを見たのは、まだ自分が学生で、あの二人にいたってはランドセルを背負った小学生だった。
春日師範の孫息子。
どちらも礼儀正しい、武術家の孫。
初めはただそれだけだった。

あれを、見るまでは。

葉桜の下、木刀を片手に闘う二人。
片や正統派古武術の剣技を駆使し
片や剣は道具とばかりの喧嘩殺法

「もう、終わりかよ?」
「…冗談!」

何が原因かは知らないが、道場では唯のお子様だった二人が、手だれた武術家でも怯むような闘気をほとばしらせて闘っている。

綺麗だと感じたのは、初めてだった。

それまで何もかもが灰色に見えていた世界に、飛び込んできた桜色

血の色よりも、己を滾らせる、その色。

見たい

もっと間近で


けれど、俺が近づくと、その色が消えてしまう。
二つの桜がそろって、初めてあの色に変わるのだ。

そして、血よりも濃い桜色を打ち消す、二つの緑。

色が、変わった。


狂い咲きの桜が、人知れずその時を終わらせるように
あの二人の、体の芯を揺さぶるような色が
ほの温かい穏やかな色に変わる。

どちらも、同じ桜色

今度は、色が消えない。
綺麗な、ままだ。


「面白い」
くつり。笑いと共に、我知らず声がでる。

なぜ、こんなにもひきつけられるのか。
なぜ、お前たちだけは色褪せないのか。

確かめずには居られない。


「それとも…お前なら…教えてくれるか?」
狂気の色さえ飲み込む、癒しの緑を持つもの。
「なぁ、譲葉の君…?」

知盛の目の前では、白虎を抱えた譲が困ったように微笑んでいた。







 譲



「狂気…ですか…」
譲はポツリと呟いた。
たまたま立ち寄った保健室。けが人が居るというから、役員につかまって手の離せないのぞむに代わり、救急箱片手に来てみれば、見覚えのある白猫を、猫つまみにして抱えている先ほどの男の人。
空き教室へ入ってもらって、傷だらけの顔をそっと手当てすれば、その人に問いかけられた。

お前なら、教えてくれるか?

そんなもの、私に分かるわけがない。

「…綺麗だと貴方が感じるのなら、それは綺麗なのでしょう。」
禅問答のような答えを返し、白猫−タマを抱える。
この前『far away』に行ったとき、なぜかものすごくなつかれた。
飲食店なのに、いいのかな?と思いつつ、可愛がったのはついこの間のこと。
興奮していたタマも、今は膝の上でごろごろとしている。
「く…、それだけ、か?」
「私は貴方ではありませんから。」
にこり、と譲が微笑む。どこか硬い、その笑み。決してのぞむが見ることはないだろう、社交的な笑顔。
「貴方の感覚までは分かりません。綺麗なものは、綺麗としか言いようが無い。しいて言えば、あなたがそれを好ましく思っている、ということでしょうね。」
「ほう…」
面白そうに知盛が言う。
「…お前が…居なくなれば…あいつは、俺の好む色のまま…だとしたら…?」
「どうもしませんよ。」
さらり、と譲が言う。
「先輩がそれを好んでいるとは思えませんので。」
「そう…か?」
「…少なくとも、それを決めるのは私たちではありません。」
す、と最後の傷に薬を塗り終え、譲は知盛をまっすぐに見つめた。
「ですから…先輩の邪魔をしないでくださいね。」
にこり
毅然としたその笑顔に、知盛の口元に笑みが浮かぶ。
「では…お前が、お相手願える…か?」
「お断りします。」
きっぱりと即答する譲。
「私がそこまでする、理由がありませんから。」
その言葉に、知盛が笑い出した。
「面白い、な。」
お前たちは

「では、傷を大事にしてくださいね。」
譲は救急箱を手に取り、タマを白龍に返すと、その場を去った。



 −あなたが居なければ−

中学の頃よく言われた言葉だけれど…。まさか男に言われるとは思わなかったな。
譲の顔に苦い笑いが浮かぶ。

けれど、それでも
譲れないものが、あるのだ。



written by sou

ご褒美 または お帰りなさい へ続く…?


文   総 2006.10.29日記
喜色、譲 加筆修正