I wanna you
休日ともなると待ち合わせの恋人同士や家族連れでにぎわう駅前の公園。
ヒノエは思い人からの呼び出しを受けて、待ち合わせの時刻よりも早くここにやってきた。
しかしやはりというか案の定、小柄な少女の姿はもうすでに噴水の前にあってヒノエは苦笑する。
(たく、らしいよな)
ベンチにちょこんと腰掛けている彼女の姿はふわふわとしていて可愛らしい。
ヒノエも初めはその外見に惹かれて声を掛けたのだ。
しかしその内面は外見とは正反対で几帳面で曲がった事やいいかげんな事ができない真っ直ぐな気性の持ち主だった。
真っ直ぐに見つめられて、好きな人がいるから付き合えない、ときっぱり断られた。
しかしそれでも、とヒノエは食い下がったのだ。
今までこんな事はなかった。無理強いしてまで手に入れたいものなどなかった。
(たく、らしくないよな)
ち、と心のなかで自分に舌打ちをする。
何故かは分からない。けれど、どうしても彼女の傍にいたいと思ったのだ。
それは自分の思い込みだけではなく、互いに通じあうものが確かにあると思う。
似たところなど全く無いのに一緒にいて気詰まりな事はほとんどない。
だからだろう「友達なら、なってもいい」と言ってくれたのは。
いつものヒノエなら鼻で笑う台詞だ。でも、彼女がそう言ってくれた時は喜びで満たされた。
これでまだ傍にいられる、オレを見てもらえる、オレが必ず捕まえる、と。
たぶん、あの真っ直ぐな瞳に射抜かれた時から、本当の恋に落ちたのだ。
(それにしてもオレだってかなり早いはずなんだけどな。一体いつから来てんだアイツ)
ヒノエは、ふいと寄り道をしてから少女の元へと駆け寄っていった。
「よ、譲子」
「ああ、ヒノエ…うわっ」
ぴた、と譲子の冷えた頬に温かい缶が当てられる。
「待たせたみたいだな。寒かっただろ?」
「びっくりした。いや、私がすこし早く来すぎただけだから。悪いな、呼び出したりして」
「お前からの呼び出しならいつだって大歓迎…と言いたいところだけど。あまりいい話じゃなさそうだな」
ヒノエはそう言うと譲子の横にひょいと腰掛け、自分の為の缶コーヒーのプルトップを開けて飲み始めた。
「うん…あのな」
言葉を続けようとする譲子にヒノエは自分の缶コーヒーを持たせ、
譲子の手から缶を取ってぷしゅっと開けてやり、また譲子に返す。
「ま、飲みなよ。冷えてちゃ口も回らないぜ」
「うん…サンキュ。温かい…おいしい。あれ?私ヒノエにこのメーカーの紅茶好きだって言った事あったか?」
「いや。たぶん好きだろうと思って買ってきた」
「さすが。タラシの元締めだけあって女の好みに通じてるんだな」
「お前の好きそうなものなら何となく分かるんだよ」
「…そう、か。でもこれの中身はどうなのかな」
譲子は鞄から小さな包みを取り出した。
綺麗にラッピングされたそれはちょうど指輪が入る大きさのもの。
ヒノエがクリスマスに望に託した、譲子へのプレゼント。
「あの莫迦、ほんとに渡したのか」
ヒノエが半分呆れて言う。
「ああ。莫迦なんだよ。ほんとに」
くす、と笑いながら譲子が答える。
「まったく、あの人にこういう役目させるなよ。先輩これ渡すのに、最後はほとんど泣き落としだったんだぞ」
「どんなだよ…。あいつ、ほんとに莫迦正直っつーか、そこまでしたら律儀を通り越して阿呆だろ…」
望の悪口を言いさしたヒノエはふと、気づく。
いつもなら望の悪口を少しでも言おうものならものすごい剣幕で怒るはずの譲子が
今日はただ穏やかに笑って聞き流している。
「ほんとに、仕方ない人だよな。あの性格だけはきっと変わらないな」
くすくす、と笑いながら言っている。あの、クリスマスのカフェで見た幸せそうな表情のまま。
「…その分だと、いいことあったみたいだな」
「うん…少し、ね。先輩ちゃんと…見てくれるようになったんだ。私の事。妹じゃなくて」
「そう、か…よかったじゃん」
ず、とコーヒーを一口飲みながら遠い目でヒノエが言う。
「うん。だから…」
譲子がすい、とプレゼントの包みをヒノエに差し出す。
「これは、受け取れない」
真っ直ぐな瞳。
ヒノエが惹かれた、一番好きだと思う顔で、譲子が、そう言った。
「…そういう話だと思ったぜ」
「ごめん。もう、プレゼントは受け取れない」
先輩以外からの男の人からは。
そう言う譲子の言葉をヒノエはどこかぼんやりとした顔で聞いていた。
「これを返そうと思って来てもらったんだ。わざわざ来てもらってこんな用件で、本当にすまないんだけど…」
「で?譲子はコレの中身が何だと思ってるわけ?」
「え…っと、それは」
ちら、と譲子が困ったようにヒノエの手の中の包みに目を向ける。
大きさや包装、どう見ても特別な意味合いのプレゼントにしか見えない。
ヒノエは受け取った包みを手の中でもて遊びながら言った。
「オレ達は友達、だろ?」
「…うん」
「お前に彼氏ができても、オレに彼女ができても、それは変わらないんじゃないのか?」
「ヒノエ」
譲子が驚いてヒノエの顔を見る。
「そんなに警戒すんなよ。オレだって傷つくだろ。ま、見てなよ」
するする、とヒノエの手が包装を解いてゆく。
どこか手品を思わせる器用な手つきで箱を開けて出てきたのは…
ころん
「え、ええ!?」
「な?可愛いだろ?お前に似てると思って選んだんだけど?」
それはガラスで出来た小さな子ブタ。
ご丁寧に眼鏡までかけている。

「ひ、ひどい。これが私に似てるって?」
「くくっ。そっくりだろ?お前の姉妹じゃねえの?」
「姉妹ならもっとよく似た従姉妹がひとりいるってば。
ああ〜も〜…何だったんだよ。てっきり指輪か何かだと思ってすごく悩んだのに!」
「自意識過剰ってやつ?あ痛たたっ、ああ、嘘だよ、そう怒るなって」
真っ赤な顔でぽかぽかと譲子がヒノエを叩く。
「言っただろ?オレはお前の好きそうなものは何となく分かるって」
「だ、だからって、子ブタか?」
「はは。ちっちゃくてぷりぷりしてて似てるじゃん。あたっ、ぐーで殴るな。…まあこれはご愛嬌ってやつさ。
そういう事じゃなくて、オレはお前を困らせるような事はしないってこと」
「ヒノエ」
「友達としてのプレゼントだよ。それ以上のもんじゃない。それでも受け取ってくれないのか?」
譲子はじっとヒノエの顔を見て、それからそっとガラスの子ブタに手を伸ばす。
「…ありがとう。ごめん、私お前を傷つけたな」
「いや?別にたいした事じゃないし」
「あ、でも私、これを受け取ったらお返ししないとな。何も用意してきてないんだ」
「いや…だったらそうだな」
ぴん、と自分の缶からプルトップを取る。
「指輪だと勘違いしたバツに、今日一日これつけること、ってので許すけど?」
「ええ〜!何だよそれは」
「面白いだろ?ていうかそのくらいしろよな」
悪戯っぽく、でも半分本気で睨むヒノエに譲子が負けた。
「うう。でもこんな小さいの私の指に入るわけがないだろ…」
「さて、ね。入るか入らないかは試してみないとわからないし。入ったらどうする?」
「そりゃ…つけるのはかまわないけど」
「よし。その言葉忘れんな」
する、と譲子の指に銀の輪が通される。
「え、えええ!入った!…って、これ!」
「約束したろ?今日一日はこれつけといてくれるんだろ?」
譲子の指に通されたのはプルトップではなく、銀の綺麗なデザインのリング。
「ヒノエ…!やっぱりほんとは中身これだったんだろ!?」
「何の事だ?これはプルトップだろ?」
「こ、こんなのが付いてる缶があるかっ!!」
「ラッキーじゃん。良かったな」
「ひ〜の〜え〜〜」
「そうやってブーブー怒るとやっぱり子ブタにそっくりだな。オレの見る目は間違ってないだろ」
「も、も〜〜!!お前ってやつは何処までも食えない奴だな!」
「くくっ、振られたらいつでも来いよ?」
「ヒノエ!友達なんだろ?」
「…そう、友達。だからこの指。な?」
ヒノエが指輪を通したのは譲子の中指。
薬指、ではなくて。
「オレはのぞみの友達でもあるから、な。譲っといてやるさ。今のところはな」
ばちん、と音でもするかのように、ヒノエは鮮やかにウインクをしてみせる。
「…ヒノエ」
「友人でありながらいつでも恋人にもなれる男友達っつのもお得だろ?一粒で二度おいしいと思っとけよ」
「お前はそんないい加減でいいのか?」
「よくないね、って言ったらお前が困るだろ?オレはお前を困らせるような事はしないと決めてるんだ」
「お前…人がいいのか悪いのか分からない奴だな」
「ん?どうせなら悪い男って言ってくれると嬉しいね。さて、今日はどうする?
まさかこのまま帰るってわけじゃないだろ?冬物のセール始まってるぜ、見に行かないか?」
「…でも」
「ちょうどいいじゃん。この間お前ブーツ欲しいって言ってなかったか?一緒に見繕ってやるよ。
男友達の意見っつのも重要だぜ、さ、とっとと行かないといい物は無くなっちまうからな。行こうぜ!」
「うわ、まて…」
譲子をひっぱってヒノエが走り出す。
譲子の指輪をした手を握りながら、ヒノエが小さく苦笑する。
(指、思ったより細いんだな。本当は薬指のサイズで選んだつもりだったんだけど。
このオレが見誤るとはね…今はまだ、友情で堪えておけって事かな)
恋はいつか終わる。
でも友情は続ける事が出来る。
オレは譲子の好きなものなら何でも分かる。
譲子がお前を好きじゃなくなったら、すぐに掻っ攫うからな。
いつでも譲子を受け止める準備は整ってる。
長期戦なら負けねえぜ、のぞみ。覚悟しておけよ。

written by sava
イラスト & 文 sava 2007.03.06 書き下ろし
I wanna you、は、愛罠友、なんつて。友情に仕掛けた罠ってかんじ。