桜の縁



譲は高校に入学が決まり、譲葉神社にお礼参りに来ていた。
参拝を終え、境内をゆっくりと歩いく。
境内にはその名の通り譲葉が多く植えられていた。
そのさら奥にひっそりと、隠れるように咲く山桜がある。
地元の人間もあまり知らない穴場で、境内ということもあり花見客などいようはずも無い。
そこで花を見るのが、譲は好きだった。
桜を、独り占めしているような気分になるのだ。

「…綺麗だね。」

風に花びらを乗せて、踊るように枝を揺らす桜。
散り行く桜が悲しいのではなく、楽しそうに見えるのは、この桜の木が柔らかく揺れているからだろう。

「綺麗…」

そっと幹に体を寄せてもたれかかる。

「私…桜が好きなの…」

そう呟けば、応えるように薄紅色の花びらが舞った。

桜… あの人の髪と同じ色の花。

私の愛する桜は、決して私一人のものにはならないから。

彼は多くの人を惹きつけ、多くの人に愛でられる、満開の桜のようだから。

時として、狂気さえもはらむ強い輝き、美しい色彩に、誰もが魅きつけられる。

そんな強さと美しさをもつ桜が、愛されるのは当たり前のことで。

それを見るたびに、心の奥に生じる誇りと悋気。

中学と高校に別れている間は、見ずに済んだ。
けれど、同じ学校に行けば、またそれを思い知らされる。
それでも離れることはできなくて。
矛盾する心を持て余し、譲は今年もこの桜を見にきたのだ。

このひっそりと咲く桜は、あの人と同じように、自分のものでは無いけれど。
ここにくると心が落ち着く。

全てを包み込むように舞い散る桜の下で、あの人に言えない言葉を、そっと告げる。

「愛してる…」
 その花の全てを散らしてしまいたいくらい。

「貴方だけを」
 そうすれば誰も貴方を見ないでしょう?

懺悔のように言葉を告げると、ザァ…と風が吹きすさぶ。
舞い散る花びら。
譲の思いを受け止めて、清め散らすかのように。

暫くの間、桜に寄り添っていた譲だが、そっと桜の木に口付けると、体を離した。

「有難う…」

浮かんだ笑みは、舞い散る桜の如く儚かった。





「驚いたな…」
頭上から声がした。

桜の花びらが舞う中、すとんと飛び降りてきたのは紅。
薄紅色が景色を染めるその中で、鮮烈な輝きを放つ緋色の持ち主が、微笑んで譲を見つめた。

「私はヒノト。よければ名を聞かせてくれないか?譲葉の姫君…」

大輪の牡丹のごとく魅きつけられる紅。
ああ、この人も同じだ。

数多を惹きつけ、魅了する、百花の王。

柔らかな笑顔でさえも放たれる強い輝きをさえぎるように、譲は静かに目を閉じた。

「…わたしは……」








 譲葉の乙女



「ここにいたのかい?」
「ヒノト。」
 去年と同じように桜に寄り添っていれば、ヒノトが声を掛けてきた。
「譲はその桜が好きだね。」
「うん…大好き。」
 穏やかに微笑む譲を見て、ヒノトも微笑んだ。


 初めて会ったとき。
 譲葉の木の上で瞑想していたら、譲葉がざわめくのが聞こえた。

 泣かないで 泣かないで

 ざわめきに混じって聞こえるささやきに、ヒノトはその音の発信源に向かう。
 
 桜…?

 いや、その下に…

 視界に入った緑の少女。
 譲葉の加護を一身に受け、桜にその思いを抱きしめられて、ゆらゆらと心を揺らしている少女。

『愛してる…』

 告げられた声は、深淵に在るが如く沈む。

『貴方だけを』

 それが咎ごとのよう、柔らかな声で告げられる−嘆き。

 そう、これは嘆きだ。

 彼女の思いに呼応して、桜が舞う。譲葉がゆれる。


 こんな女は見たことが無い…


 少女、ではない。この感情は、女のそれだ。

『有難う』

 悲しい思いを浄化するように、花弁を散らした桜をみつめ、彼女はそう言った。
 何も知らぬようで、全てを受け入れているようで。

 面白い。

 譲葉の如く潔く、桜の如く儚いその眼差しにひきつけられ、気付けば彼女の前に飛び降りていた。

「私はヒノト。よければ名を聞かせてくれないか?譲葉の姫君…」

 まぶしそうに眼を閉じた彼女が、小さくその名を呟いた。

「…わたしは…譲。」


 譲葉の名と加護をもつ乙女。
 彼女の小さな花が咲くのを見てみたいと、そう思った。








「もう、一年たつんだな。」
「そうだね。」
「のぞむは相変わらずかい?」
「あ…うん。」
 ぽ、と頬を染める譲を見て、ヒノトは何かあったのだろうと思った。
 何時も悲しげに告げていた言葉が、今年はほんのりと温かい。
「ま、愛想が尽きたらいつでもおいで。私なら君を悲しませたりしないよ。」
「…良く言う。いままでいろいろやってきたくせに。」 
 ヒノトがいつもの様に髪に触れて口付けると、呆れたように譲が言った。
「おや、私は君を悲しませていたかい?」
「時々ね。」
 即答されて、ヒノトが苦笑を零す。
「でも…それだけじゃ、ないから。」
 ありがとうと続けて、譲が柔らかく微笑む。

 桜の色を映したような柔らかな色彩を放ちながら、温かな笑みを零す姿は、この神社で桜によりそう譲葉のよう。

 愛しくてならない、譲葉の姫。

「ヒノト?」
 自分を見つめたまま動かないヒノトを、譲が不思議そうに見つめる。
「ああ、いや。」
 気を取り直して、ヒノトが譲の手を取る。
「君に出会えた奇跡に、感謝を。」
 そっと口付けを落とせば、相変わらずだなと譲が苦笑した。
 
「そうだ、ヒノト。」
「ん?」
「誕生日、おめでとう。」
 ケーキを持ってきたんだという譲に笑みを返し、では移動しようとさり気なく譲を連れ出した。
間も無く、もう一人の譲葉の姫がくるだろうから。





written by sou





文 総
2007.04.01-03日記 桜の縁 譲葉の乙女 加筆修正 

素材 十五夜 様