譲葉神社の淑女たち
「…ヒノト。」
「んぁ?」
名を呼ばれ、羊羹を口に入れたまま敦美を見ると、深い溜め息を吐かれた。
「曲がりなりにも巫女が、そのような格好をするな。」
片膝をたてて座り、ほうきを抱え込んでいるヒノトに、敦美が呆れたように言う。
「袴をはいてるから、見えないって。」
「そういうことではない。行儀が悪いといっているのだ。」
敦美が叱るように言葉をかけるが、ヒノトは笑って取り合わない。
この姿を、譲葉神社の信望者が見たら、どう思うか。
この町は古くから信仰が深い。
そして、その神秘的な言葉と清浄なる美しさに惹かれ、ヒノトを斎姫と、巫女神と崇めるものは少なくない。
それなのに…
「別にいいじゃん。誰もいないんだし。」
「…ヒノト…」
ため息をまたひとつついて、敦美はお茶をすすった。
「そんなことより、見てやりなよ。今を盛りと咲き誇る譲葉たちを。」
「咲き誇る…というのも、おかしな話だな。花はまだ蕾であろう?」
「萌芽は見事に、若葉に代わっただろう?」
敦姫が不思議そうに言うと、ヒノトが譲葉に目を向けて柔らかかく微笑んだ。
「新たな芽は新たな葉となり、そうして勤めを果たした古い葉は、大地へ帰り、新たな命の糧となる。
葉が譲り終わると、譲葉はその花を開かせ始める…まるで、それを待っていたかのように。」
目を細めて愛しそうに言うヒノトを、敦美が内心驚きながらも見つめる。
「新たな葉は新たな花を守るようにしなだれる。自らの葉で自らの花を覆い、隠れるように花はふふまり、その蕾を開かせる。」
まるで、彼女のように。
ヒノトは心の中で付け加えた。
はじめてみたとき、譲葉のようだと思ったのは間違いではなく。
あの凛とした緑の内側に、小さくも可憐な花を、いくつも隠し持っている譲。
「ひっそりと咲くあの花が好きだ。それを守るように現れ出でるその葉が好きだ。
何度落葉しようとも、決して途絶えることのない、柔らかな緑がとても好きだ。」
棘ではなく、葉を用いてその身を守り、隠れるように愛らしい花を咲かせる譲葉が、彼女が、好きだ。
「…譲葉殿も、お前が好きなようだな。」
風もないのにゆらゆらと揺れる葉をみて、敦美がひっそりと微笑んだ。
「ああ…」
譲葉の笑い声が聞こえ、ヒノトもまた微笑んだ。
「私も好きだ。この木の凛々しさ、潔さ。小さく開く花。」
すぅっと目を細めて、譲葉を見る敦美。
彼女もまた斎なる姫。ヒノトほどではないが、譲葉の清浄なる気配を感じとっているらしい。
「けぶるような花霞よりも、この柔らかな色が良い。」
そういって、敦美は桜の時期ではなく、この時期に譲葉神社で花見をする。
花見というよりは、葉見だが。
「そうだな。だが…」
「ん?」
ヒノトがぼそりというのを聞き、敦美が不思議そうに顔を向ける。
「この落ち葉はどうにかならないかね。同じ時期に落葉するものだから、掃いても掃いても、きりがない。」
「好きなのだろう?だったら、そのくらいは労もないことだろう。」
「あのな、この神社にどれだけ譲葉があるか、知ってるだろうが。」
「業者を入れないのか?」
「他はともかく、譲葉が嫌がる。」
すねるんだよ。と、ヒノトが譲葉を指差した。言葉よりも嬉しそうな笑顔に、敦美も笑う。
「年に一度のことだろう。がんばるんだな。」
「まぁね…。まだ、この勤めは『譲る』気はないからな。」
ふふ、とヒノトが笑って譲葉を見た。
「まぁ、さすがに、いっせいに落ちる時期は、専門の職人に手伝ってもらうがな。」
「いっせいに…?」
「こいつら、木によって、入れ替わる年数が違うんだよ。同じところに根を張ってるくせに。毎年のヤツもいれば、2年とか3年のヤツもいる。」
「なるほど、何年かに1度は、いっせいに落葉するわけだ。」
「ああ。それもまた見事だぜ。まるで衣を変える淑女のようだ。」
「そうか…」
ヒノトの言葉に、敦美も再び譲葉に目を向けた。
譲葉が、笑うようにさわさわと揺れていた。
written by sou
イラスト sava 文 総
2007.04.28日記 譲葉神社 譲葉神社の淑女たち 加筆修正