誰!?
「・・・誰だこれは」
リズヴァーンのアトリエに遊びに来ていたのぞむがキャンバスを見て言った。
「ああ、触るな。まだそれは描きかけだ。・・・やはり人物画は久しぶりだからまだまだ修行が足りんな。それはお前も知っている人物なのだが」
「俺の知っている人物、に心当たりはある。心当たりはあるが、俺の瞳はこれを奴だと認める事を断固拒否している」
「・・・?まあ、これは彼女が学生だった頃を思い出して描いたものだから無理もないが」
「そういうことじゃない!いや、奴のセーラー服姿自体も驚愕だが、それ以上に、こ、こ、この笑顔は・・・」
「今も変わぬだろう?」
「どこがだ!!!リズ先生、あんたの瞳はどうなってるんだ?幻覚でも見たのか?それとももう老眼か!?」
「・・・視力は良好。いたって正気。幻覚など見る余地も無い」
げっそり、といった様子でのぞむが近くのソファに崩れ落ちるように腰掛ける。
のぞむのそんな様子から、リズヴァーンは学園での彼女の仕事ぶりが想像できてくすり、と笑う。
(麗慶は相変わらずのようだな)
昔から気に入った相手にはわざと嫌がらせをしてしまう性格で、本人は可愛がっているつもりなのだが、傍から見るととてもそうとは思えない行動ばかりとっていた。
でも、とリズヴァーンは思う。
ふとした拍子に見せる笑顔。
本当に相手が窮地に陥ったなら何をおいても、自身の事などなりふり構わず助けに駆けつける力。
それが彼女の本質なのだと。
それがこの少年にも分かる日が来るといいのだが。
まるで子供が妖怪の絵でも見るかのようにこわごわとこの絵を眺めるのぞむに、リズヴァーンは苦笑するのであった。
written by sava
見えない微笑み 見せない優しさ
「お久しぶりです、リズ先生。ポスターの件では、お世話になりました。」
お辞儀をしたのぞみが頭を上げれば、リズヴァーンが筆を持ったままたいしたことではないと呟いた。
「麗慶さん…ですか…?」
キャンバスを覗いたのぞみが言う。
「ほう。お前は分かるか。のぞむは幻覚だと言い張ったが。」
「それは…ボクもこんな顔をした麗慶さんは見たことはないけれど…。似てるから、かな。」
のぞみが苦笑する。
「…のぞむか。」
「分かりますか?」
リズヴァーンの言葉に、のぞみが笑う。
「譲子ちゃんたちを見ているとき、のぞむくん、ときどきこんな顔をするんですよね。」
「そうか。」
「なんていうか…あの二人って、似たもの同士な気がするんですけど。」
「そうだな。」
のぞむの行動を思い出し、リズヴァーンも笑う。
「確かに、似ているな。誰より大切にしているのに、好意を素直に伝えないあたりが。」
「そう…ですか?う〜ん。のぞむくんは素直に伝えてるとおもうけれどなぁ。」
首をひねるのぞみをみて、リズヴァーンはため息をついた。
(こちらも、同じ…か)
決して本人には見せない優しさに、リズヴァーンは苦笑を禁じえなかった。
「譲子〜。」
「なんだよ、望兄。」
「お前、文化祭の間はゾミから離れんなよ。」
「はぁ?」
突然ののぞむの言葉に、譲子が呆けた声をだした。
「何で?」
(そりゃあ一緒に居られるのは嬉しいけれど…望兄さんがこんなこと言うなんて)
気色悪いなと失礼なことを考える譲子。
「ま、いりゃ分かるって。将には言っておいたから、心配すんな。」
仕事はきっちりこなせよ。といいおいて、のぞむが立ち去った。
「なんなんだ?」
文化祭当日
「あれ?かの…じょじゃないな。」
「だな。あれは男だろ。」
桜色の美女を求めて来た男たちが、のぞみを見て足をとめる。
「確かに綺麗だけど…ありゃ、男の顔だぜ。」
譲子と話すのぞみをさして、口々に言う。
そう。下手な女より美女顔ののぞみだが、譲子といると自然に男の表情になるのだ。
そのうえバカップルオーラ全開。
とても近寄ってナンパする度胸はなかったという。
「のぞみをフォローできて譲子をナンパから遠ざけるんだから、一石二鳥ってな。」
ついでに恩を売っておくかと動くのぞむであった。
優しい微笑み
〜某山の中の一軒家〜
リズヴァーンは、突如頭上に降りてきた手刀を背を向けたまま首を傾けてかわし、その手をつかむとひょいと引っ張って、地面にたたきつけた。
つかまれた相手は体を一回転させて受身をとると、そのままスタッと音をたてて着地した。
「息災のようだな。」
「お久しぶりです。リズ先生。」
埃を掃いながら立ち上がる麗慶に、リズヴァーンが微笑む。
「九郎とは、相変わらずか。」
「九郎が、相変わらずですから。」
麗慶が肩をすくめる。
「あまり、のぞむをからかうでない。先日、アトリエにきてぼやいていたぞ。」
「からかっているわけでは有りませんよ。ただ、手ごたえがあるもので、つい。」
くすりと笑って言う麗慶に、リズヴァーンがため息をもらした。
リズヴァーン・鬼堂。この町を代表するプロの写真家。
源家で護身術の指南をしていた人物である。九郎はもちろん、麗慶、弁慶も武術の指導を受けたことがあった。
数年前に引退した後、写真の腕が評価され、今に至る。その写真の腕は、隠密家業で身につけたことは秘密だ。
源家が理事を務める青龍学園高校の写真部に、何度か指導に行ったことがあり、その関係で写真部ののぞむと知り合ったのだ。
のぞむが写真部に居る理由は唯一つ。愛しい愛しい彼女のレアな写真を、自分の手で現像するため。
他のヤツにみせられるかよ。とはのぞむのお言葉、
「それよりも、リズ先生。先生も文化祭にはきていただけるのでしょう?」
「ああ。寄せてもらう。」
そう言ってリズヴァーンは再びキャンバスに向かった。
写真家として名を成しているものの、その実リズヴァーンは絵画のほうを好む。
生計を立てる気が無いので、手慰み感覚だが、十分プロとして通用するのではないかと麗慶は思っていた。
「…これは…」
「お前だ。人物は久しぶりだから、少々不安もあったが。なかなか、満足のいく出来だ。」
麗慶の金の髪の最後の一筋を塗り終えて、リズヴァーンが小さく笑う。
そこには木漏れ日の中、慈愛に満ちた眼差しで、穏やかに微笑む麗慶が描かれていた。
「のぞむは、幻影だと言い張っていたが。」
「…まぁ、私でもそう思いますよ。」
「己を知らぬだけであろう。お前はあの二人を見ているときは、よくこのような顔をした。」
「そんなことは…」
「もっとも、二人が振り向くとすぐにいつもの顔になってしまったが。」
「う…」
手で口元を多い、照れて口ごもる麗慶に、リズヴァーンがそっと頭をなでた。
「あの二人とて、分かっておろう。」
「…そうでしょうか。」
「ああ。」
優しげに微笑むリズヴァーンに、麗慶がキャンバスの中と同じ笑みを浮かべた。
素直な愛情
「…姉さん…」
「気に入ったか?弁慶」
「はい。ありがとうございます。」
弁慶が笑う。
「こんな…顔をしていたんですね。
僕たちは、その眼差しを感じ取ることはできても、決して見ることは出来なかったから…。
ありがとうございます。リズ先生。」
「いや。私も楽しめた。」
いつも
その優しい眼差しを感じ取ることはできたけれど
振り向くと、いつもの、誰にでもみせる強かな笑顔。
けれど対面にいたリズ先生を見れば、姉の表情がそうでなかったことは明白で。
決して自分たちには見せないその顔、その心
それが彼女の強さであり優しさだとわかってはいたけれど。
一度でいいから、見てみたかった。
その、素直な愛情を。
「…リズ先生には素直に見せるのに…。」
弁慶は小さくため息をついた。
「もっていくか?」
「いえ…。そんなことは姉さんも喜ばないでしょう。これはリズ先生のもとへ。それが一番だと思います。」
弁慶の言葉に、リズ先生も厳かに頷いた。
少しして九郎と麗慶がアトリエに入ってきた。
壁に飾られた麗慶の絵を食い入るように九郎が見つめる。
「………………おまえ…」
九郎が呆然と麗慶を振り返った。
「可愛いかったんだな。」
(言うに事欠いて、それですか。)
麗慶はニコリと微笑みながら九郎に言った。
「おや、では今は何だというのです。」
「今は『綺麗』だぞ。」
さらりと言う九郎に、麗慶が絶句した。
隣で弁慶が苦笑を漏らし、リズヴァーンは穏やかに三人を見守っていた。
written by sou
イラスト sava 文 sava & 総
2006.09.30-10.01 誰!?見えない微笑み見せない優しさ
優しい微笑み 素直な愛情 加筆訂正