楽しいお誕生日会



「おめでとうございます。姉さん。これでまた一つ歳を重ねたわけですね。」
「…その言葉、そのままお前に返してあげましょう。弁慶。」
からかうように言う紋付姿の弁慶に、こちらも振袖姿の麗慶が振り向く。
たいていの行事はリズヴァーン宅で過ごすのだが、今日ばかりは逃げられない。
武蔵の後継ぎとその姉姫の誕生日パーティーだからだ。
大々的に行われるそれは、当然都市の内外から名士が集まってくる。
「お誕生日会などという歳でもないというのに。」
はぁ、と麗慶が深いため息をつけば、弁慶が笑う。
「おや、つい先日に誕生祝いをした相手は、幾つでしたか?」
暗にリズヴァーンのことをからかわれ、麗慶が弁慶を睨みつける。
「大体、これはお前が主役なのだから、お前だけが行けば良いでしょうが。」
「いやだなぁ。姉さんが一緒でなければやらないと、前々から言っているでしょう?」



そう、子供の頃から続く弁慶の究極の我侭。
他の事は麗慶が言えば、しぶしぶとはいえ聞き分けたものだが、これだけは譲らなかった。
同じ日に生まれたのに、何故自分だけが祝われるのか。
姉の誕生日を知って以来、誰に何を言われても、麗慶が同行するだけでは満足せず、
自分と麗慶が同じように扱われなければ承知しなかったのだ。
もっとも、そのせいで麗慶は余計な手間が増えたのだが。

『お前は武蔵の後継者だ。他のものと異なるのは当然だろう。』
『その後継者の姉なら、なおのこと大切に扱ってみせるのは当たり前でしょう。武蔵の権勢を示すこともできる。
ここで適当なことをすれば、周りが姉を甘く見るでしょう。それは武蔵を軽んじることにも繋がりかねない。
なにより、父上は僕に、自分の姉がないがしろにされているのを笑って見ているような、情のない人間になれと、そうおっしゃるのですか?』

父に言われてさえ、さらりと切り返し、誰一人二の句を継げられなかったという。
ちなみにそう答えたのは6歳のときだ。恐るべし弁慶。
それでも弟の気持ちは嬉しかったので、麗慶も今では半ば諦めている。



「僕だけがくそジジィ、もとい親族や名士の方々の相手をするなど、不公平でしょう?」
にこりと微笑むその顔は、天使のようだと皆が言う。
言ってることは悪魔だが。
それでも、それがこの弟の照れ隠しのようなものだと知っているから。
…ときどきこっちが本音じゃないのかと思いたくなるが。
最後には、麗慶の顔には苦笑が現れるのだ。

そんな麗慶に、弁慶がにこりと笑って言う。
「今年も九郎が見ものですね。」
「そうですね。あそこまであからさまにしなくてもいいでしょうに。まったく源の男児とは思えませんね。」
言いながらも、二人はくすくすと笑った。





パーティー会場で、二人は常に笑みを湛えていた。
麗慶は、そろそろ振袖は止めたほうがいいのではないだろうかと思うのだが、未婚女性の第一級礼装だから仕方が無い。
親族にしてみれば、いやならさっさと嫁げというのと、招待客に向けて未婚だからどうぞ品定めを、という意味合いがあるのだろうが。
それで動じるような麗慶ではないし、隙を与えるような弁慶でもない。
それを知っている人間はうかつに話しかけないのだが、今年初めて招かれたらしい30手前くらいの青年実業家が、麗慶に話しかけた。
「麗慶さんもいい年だ。そろそろどなたかに嫁がれてはどうですか?」
青年実業家、すなわち、麗慶にとってはただの成金の若造に、芸の無い言葉を言われて、麗慶はその美貌を一段と輝かせて微笑んだ。
「そうしたいのは山々ですが…何分弟の目に適う方がいないものですから…」
弁慶に視線を向けて麗慶が言う。それを聞いた相手の男が笑う。
「おや、弁慶くんはずいぶんと姉君思いのようだ。けれど、反対すればいいというものでは無いでしょう。
売れ残っては元も子もありませんよ。」
「そうですか?姉を幸せにできる人がいなければ、残っていただいたほうが良いですよ。
僕が代わりに幸せにしますから。」

にこり。
(気安く名前を呼んでるんじゃねぇ)

麗慶に負けず劣らず艶やかな笑顔で弁慶が言う。影の声のオプション付きで。
その美貌と迫力に相手がたじろげば、麗慶もにこやかに言葉を続けた。

「何よりわたくし自身が心動く方にお会いできなくて…
弟が悪いのか…いいえ、良すぎたのですね。何しろ生まれたときからこの子を見てきたものですから。
どなたにお会いしても弁慶と比べてしまうのです。相手の方に失礼だとは思うのですが…。
弟や、ましてわたくしよりも弱い方に嫁すのは…どうしても考えられなくて。」
(てめぇなんざお呼びじゃねぇよ。)

「当然でしょう。少なくとも、僕より劣るような方に姉は任せられませんね。」
(面みてから出直して来い。)

黒い瘴気は欠片もない。
それどころか二人の周りにはキラキラと、まるでライトが当たっているかのごとく光が舞う。
それにも関らず、影の声が出始めていた。
相手の男もそこで引き下がればいいものの、引き攣った顔で弁慶に言う。
「っ、教師ごときに逃げた者が、ずいぶんと大きなことをいいますな。」

青年実業家、自ら地雷原に飛び込む。

「まぁ。」
それを聞いて、麗慶があからさまに愁眉を顰めて、不快を表した。
弁慶も同じく眉根を寄せて口を開く。
「信じられませんね。そのように教育を軽んじる人がいるから、教育の場が荒れ、子供達が未来に夢を持てなくなるのですよ。」
麗慶もまた、怒りを含んだ口調で言う。
「前途ある青少年を導く大切なお役目に対して、その様におっしゃるなど、良識ある方のお言葉とは思えませんわ。」

そして同時に二人から発せられる、影の声。
((バカが墓穴を掘ってないで、さっさと消えろ。))

弁慶はため息混じりに言葉を続けた。
「嘆かわしいことです。金さえ出せばいいと考えるものが多い世の中ですが、本日この場にお越しいただいた方々には、そのような愚かしい考えを持つ人などいらっしゃらないと信じておりましたものを。」
(札片切るしか脳の無い男が、人を見下そうなど千年早いわ、ボケ)

「弟は栄えある武蔵の務めを辞してまでも、学生諸子が迷わず道を見出せるようにと、
外側から支援するのではなく、現場にて教鞭を取る道をえらんだのですよ。
だからこそ、わたくしも女の身でありながら、弟の代わりを勤められるように努力してまいりましたのに。
それを教師ごときなどと…。」
(言葉の使い方もままならぬガキが。貴様のほうこそ幼稚園からやり直して来い。)

よどみなく、交互に話す弟と姉。こういうところでこの姉弟は惜しみなく姉弟であることを発揮する。
なまじ美人なだけに、愁眉を顰める顔も、怒りを含んだ声も、並ならぬ迫力がある。
徐々に強まる影の声。言葉自体が聞こえるわけではないだろうが、そこにあるものを感じ取り男はたじろいだ。
「いや、そのようなつもりは…その口がすべったと言いましょうか。」
男が青ざめながら言えば、弁慶が睨むような視線を向ける。

「常からそのように考えているから、口をついて出たのでしょう。
よもやそのように非常識な考えを持っているとは…。
今後のお付き合いも、考え直させていただいたほうがいいですね。」
(貴様ごとき、つぶすのなど造作もない。二度と近づけないようにしてやる。)

「同感ですわ。本当に嘆かわしいことです。」
(愚か者が。身の程を思い知るがいい。)

あくまでも優雅に立ち去る二人。残ったのは、影の気配に耐え切れず、灰になった男。





「……今年はあの男か。」
リズヴァーンがグラスを片手に呟けば、九郎も小さく頷いた。
「毎年一人は懲りずに犠牲になりますからね。」
「アレを見て、他の人間は何も言わなくなるがな。」
「弁慶といい、麗慶といい、よくもまぁ、あそこまで口が回るものだ。」
九郎がリズヴァーンの隣でため息をついた。
「お前は挨拶に行かぬのか?」
「うっ…」
リズヴァーンに言われて、九郎があからさまにうろたえる。
「噂をすれば…来たぞ。」
リズヴァーンの視線の先には、とてつもなく綺麗な笑顔を振りまきながら、こちらに向かって歩いてくる弁慶と麗慶。





「九郎殿。こちらにおいででしたか。」
「ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。」
頭を下げる弁慶と麗慶。
「い、いや。こちらこそ遅くなってすまない。誕生日おめでとう、弁慶、麗慶。」
「ありがとうございます。主家の若君であり、主たるべき九郎殿にわざわざおみ足を運ばせてしまい、申し訳ありません。」
「まことに…九郎様には常日頃からお世話になっておりますもの。
本来ならば真っ先にご挨拶にお伺いしなければならないというのに、このように遅れてしまいまして
お許しいただきとう存じます。」
弁慶が厳かに頭を下げ、麗慶がそれこそ三つ指ついてお出迎えでもしそうな、たおやかな笑みを浮かべて言う。
先ほどから徹底して弁慶の後方に立ち、弁慶の後から発言する麗慶を見て、九郎が冷や汗を浮かべる。
「き、気にするな。今日はお前達二人の誕生日の祝宴なのだから、俺から出向くのが当然だろう。」
「お優しいお言葉、弁慶この身の隅々まで喜びが沁み渡っております。」
「もったいのうございます。子女の身でありながら、九郎様のように懐の広い方にお仕えできますこと、麗慶は望外の喜びにございます。」
にこりと柔らかな笑みを向けられ、ふわりと優雅な笑みを向けられ、それを見ている周囲のものは顔を上気させて見惚れるが、それを向けられた当の九郎といえば、引き攣り、冷や汗を浮かべ、青ざめ始めた。
隣のリズヴァーンは、笑い出したいのを堪えつつ、無表情になっている。見事なポーカーフェイスだ。

「鬼堂殿もお久しぶりです。息災のご様子でなによりです。今後も姉ともども、ご指導のほどお願い申し上げます。」
「おひさしゅうございます、鬼堂様。同じ高等学校に携わるものとして、お世話になるかと存じます。宜しくご指導くださいませ。」
リズヴァーンに頭を下げる二人。リズヴァーンが源家の武術指南をしていたのは源・武蔵両家では公然だが、一応今日は写真家として呼ばれている。青龍学園高校の写真部の外部指導員として登録されているため、二人はそのように挨拶をした。
「ああ。こちらこそ、宜しくたのむ。」
リズヴァーンもそれを承知しているので、簡潔に挨拶を返す。

二人が再び九郎のほうを向けば、いまだ顔が青い。
弁慶も麗慶も心の中でほくそ笑みながら、表面上はあくまでも優美な笑みを浮かべて、柔らかく言葉を紡ぐ。
「九郎殿の傍らに立つことはならなかったとはいえ、偶然にも職場を同じくするもの。この上は現場の教職者として、理事長であられる九郎殿を支えていこうと思います。」
「弟の代わりがわたくしでは心もとないかと存じますが、この身を尽くしてお仕えする所存にございます。
なにとぞ御傍にあるをお許しくださいませ。」
「い、いや、十分だ。二人には世話になっている…からな。」
温かな言葉を言われれば言われるほど青くなっていく九郎。
「有り難きお言葉。九郎殿が主であられること、弁慶この上無く幸いにございます。」
「まことに。そのように情の深きお言葉を賜るなど、我らにとって何よりの言祝ぎにございます。」
「大げさだ、な。」
九郎は笑みを浮かべようとして、声が震えた。

怖いのだ。
何が、と聞かれても答えられないが、とにかく怖い。
いつもの瘴気は無い。影の言葉も一切聞こえない。
だからこそ、九郎は怖くてしかたない。
普段の二人を知っているだけに、どこまでも丁寧に、完璧に、『主従』を演じる二人が怖くて仕方ないのだ。



「そうしていると、お似合いですね。麗慶さん。いっそ九郎さまに嫁がれては?」
爆弾発言をしたのは、源グループの一人で、武蔵とも縁戚にあたる老婦人。
なんて恐ろしいことを!と九郎が青ざめるが、弁慶と麗慶は、優雅に微笑んで言った。
「そうですね。九郎殿ならば…。主家の若君、まして我らが敬する主ともなれば、いささかの不満も生ぜませんが。」
弁慶の発言に嘘付け!と九郎は心の中で絶叫した。
「九郎様にわたくしごときがお側に上がるなど、恐れ多うございますわ。
傍らで職務をご助力できうるだけでも、この身に余る誉でございましょうに。」
麗慶の言葉に、九郎は思わず首を振り、周りから不思議そうな視線を受けてしまった。
「あ、いや。俺のほうこそ、麗慶では相手になるまい。」
「そうですか。残念ですが、仕方のないことですね。姉上に九郎殿の奥方が務まるとは思えませんから。」
「まことに。代々のしきたりとはいえ、わたくしのような不調法ものを職務にお使いくださる九郎様のご厚情には、頭が下がるばかりです。」
「そう、いう、意味じゃ、ないんだが。その、麗慶は、十分に…良く出来た…者、だから。」
とうとう九郎は脂汗をかきはじめた。
「九郎殿はお優しい。そのようにお気遣い戴かなくても構わないのですが。」
「もったいないお言葉。九郎様のお心に適いますよう、麗慶はいっそうの努力をもってお役目に尽力いたします。」
「ああ…ありがとう。」
          

ようやく会話が一区切りして二人が他の招待客のほうへ行った時は、九郎は力尽きてよろりと壁に寄りかかった。
「九郎。お前もいい加減に慣れたらどうなのだ。」
「…先生…」
くすりと笑いながらリズヴァーンが言えば、九郎が情け無い声を出す。
先ほどまでの会話で、精も根も使い果たしたといった様子だ。
「無理です…なんとか、ならないのですか、あれは。」
「それこそ無理だろう。武蔵が源に仕え、あの二人がお前に仕える立場である以上。」
「ですが…年々悪化している気がするのですが。」
はぁ、と九郎がため息をつく。リズヴァーンに水割りのグラスを差し出され、一息に飲み干した。
「仕方あるまい。あの二人にとって、この退屈なパーティーの中での、唯一の楽しみなのだからな。」
「先生…。」
それは遊ばれているということですよね。
声を出さずに呟いて、九郎は深い深いため息を漏らした。



あのやりとりを見て源の連中は言うのだ。
九郎は側近に恵まれていると。
あのように礼を尽くされてうらやましいと。

それを聞くたびに、九郎はありえねぇ!!と将臣のごとく柄にも無い言葉遣いで叫びたくなる。


普段のあの二人を知っているから。
こういう場所で完璧に振舞うあの二人が、少しだけ悲しくなる。
否が応にも思い知らされる、自分の、自分達の立場が、
消えることの無い溝となって目の前に現れるから。



そして…

それ以上に後が怖い!!
ああ、今年は何て言われるか…。
上手く振舞えたなどとは思えない。
また麗慶の説教がくるのか!?
弁慶の追い討ちが掛かるのか!?



違う意味で青くなり始めた九郎に、リズヴァーンが苦笑する。
あの二人の九郎に向ける態度は、甘えと信頼に寄るもの。
九郎が全てを受け止めてくれると信じているからこそ、麗慶も弁慶も、あのように主従の態度さえも楽しむことができるのだから。

素直でないのも問題だが、ここまで素直なのも問題がある…か。

リズヴァーンは自分の弟子達を見比べて、小さく笑った。



もう、守る必要はないのだろうか。
自らの足で立ち、完璧に立ち振る舞う麗慶をみて、リズヴァーンは思う。
そうして小さく笑った。

守る必要…などと、そんなものは初めからなかった。
ただ、己が守りたいから守った。それだけだ。

あの小さくてけれど何より強い花が咲き誇るのを、傍らで守りたいと思ったから。
これからも守りたいと思うから。

その理由が少しずつ変化してきているのを感じて、リズヴァーンは知らず苦笑がもれる。
その内側にある思いが変わろうとも、あの花を守りたいと思うのは、花開くのを見ていたいと思うのは、変わらないから…。

今はまだ、傍らにあることだけを望もう。
そうしてまた一つ共に歳を重ねることを慶ぼう。

隣にいる九郎の顔色が、ようやく戻るのを見ながら、リズヴァーンは思った。
「じきにこの茶番も終わるだろう。そろそろ戻る準備をしたほうがいいな。」
リズヴァーンが九郎に声を掛ければ、九郎もこくりと頷いた。
「そうですね。二人より遅くなっては話になりませんから。」
そういって、二人はパーティー会場を後にした。





パーティーが終わると、片づけを任せて弁慶と麗慶は家を出た。
足早に車に乗り込み、エンジンをかける。
時刻は9時を回った頃。
この分ならば日付が変わる前にたどり着けるだろう。
あの山奥にある、温かくて愛しい家に。



「「弁慶、麗慶。誕生日おめでとう。」」
出迎えるのは兄代わりの師と、弟のような自分達の主。
「「ありがとうございます。リズ先生。九郎。」」
自分達の本当の祝宴は、慶びは、これから始まる。





written by sou



イラスト sava  文 総 07.02.11日記
楽しいお誕生日会 加筆修正