ヴァレンタインの攻防
今日はバレンタインデー
大人も子供も同じように行う行事はこれくらいではないだろうか。
そう思いながら、麗慶は廊下を駆けていく女生徒を見ていた。
手には包装されたチョコレート。
この先は…生物室。
またあの弟は、無駄に笑顔でも振りまいているのだろう。
麗慶はため息混じりに歩みを進めた。
案の定…というか、生物室へ入る前につかまったらしい弁慶が、両手いっぱいのチョコの包みを持っているのをみて、麗慶は呆れを通り越して感心した。
「また大量ですね。」
「生徒からばかりですよ。お歳暮のようなものでしょう。」
「憧れの先生に近づきたいという可愛らしい心理を理解しないのですか?
女生徒達の親愛の情でしょう。素直に受け取りなさい。」
「姉さんは良く理解しているのでしょうね。」
にこりと言ってのける弁慶の顔を、麗慶がねめつける。
麗慶はバックの底にあるチョコの箱を見透かされた気分になった。
睨む麗慶に肩を竦めて弁慶が言う。
「理解して、受け取ったらまずいとおもいますが。」
「受け入れなければ良いのです。」
「それはそれで酷いのでは?」
軽口をつらつらと言い合う姉弟。遠めに見る分には美しいが、決して近くに近寄りたくない。
「望む人からは頂いていないのですが。」
ちらりと弁慶が麗慶を見る。
「それだけたくさん貰っていて、まだ足りないのですか。十分でしょう。」
先ほどの仕返しか、さらっとかわして通り過ぎようとした麗慶に、弁慶が小さく呟いた。
「くれなきゃ、泣きますよ。」

その言葉にあっけに取られる麗慶。
それはそうだろう。25歳にもなる男が、チョコをもらえないと泣く、などと。
そして、弁慶は本当に泣くのだ。
小さくため息をついたあと、くすりと笑う。
「お前は子供のころから変わりませんね。」
「姉さんほどではありません。」
いつもと変わらぬ表情ですねている弟に、これ以上じらすのは止めることにして、麗慶はバックから包みを取り出した。
「ほら。」
厚みのある正方形の箱を渡され、弁慶が破顔した。
それこそ子供のように微笑む弁慶に、麗慶はあきれつつも嬉しそうだった。
「チョコばかりでは飽きるでしょう。チーズケーキにしておきました。」
「ありがとうございます。姉さん。」
ケーキはもちろん麗慶の手作りだ。
全てを完璧にこなすこの姉は、料理もお菓子作りも完璧である。
しかも幼い頃から自分の味覚を理解しているから、誰よりも自分の好むお菓子を作ってくれる。
とはいえ、自分の為だけに料理やお菓子を作ることが少ないこのごろは、バレンタインは貴重な機会でもあった。
ご機嫌で生物室に戻る弁慶を見送りながら、麗慶は思った。
すねていたのは、自分のほうだったのではないのか、と。
「…モテる弟というのも、微妙ですね…」
小さく呟いて、麗慶はもう一人の弟の下へと足を運んだ。
あんなものであれ程に喜ぶのだから、まだまだ可愛いものだと微笑みながら。
written by sou
イラスト sava 文 総 07.02.15書下ろし