仕事に追われる九郎。
「くそ〜、まだあるのか…」
「もう少しです。口を動かす前に手を動かして下さい。…それが終わったらお口にはお菓子を差し上げますよ」
「そ、そうか…」
まったく分かっていない九郎に麗慶は小さく笑った。


written by sava

憧れの先生



「なんだ?これは。」
職員室まで行ってきた麗慶から、可愛らしい箱があふれそうなほどに入った紙袋…それもひとつじゃない…を渡されて九郎は首をかしげた。
「バレンタインですよ。まさか知らないのですか?」
コーヒーを淹れながら麗慶が言う。
「いや…それは知っているが。」
「憧れの先生へ、剣道部員一同からだそうですよ。まぁ違うものも混ざっていそうですけど。」
袋をちらりと見て麗慶が言う。
「…………剣道部員…?」
「いつもご指導ありがとうございます。だそうです。慕われていますね。」
「…それは…大変ありがたいのだが…」
「何が不満だというのです。理事長という肩書きがなくてもかたくるしい君を、こんなにも慕ってくれる生徒がいるのですよ?」
「それ自体に、感謝こそすれ、不満などない!だが…」
続く言葉を理解していながら、麗慶は心で笑ってポーカーフェイスを保つ。
「俺が教えている剣道部は、男子部だけのはずなのだが…」
こころもち青くなったような九郎をみて、麗慶は笑みをかみ殺した。
「おや、男児は師を敬愛してはいけないとでも?」
「そうではない!だが、バレンタインというのは…」
「女性から男性へというのは、この日本だけの風習ですよ。」
コーヒーを入れながら麗慶が言う。
優柔な秘書は、機械など使わずに自らの手で1杯分ずつドリップする。
「そ、うなのか?」
「ええ。もともとは、夫婦や恋人、大切な人とカードを贈りあう習慣ですから。
最近ではアメリカの風習を取り入れて、お互いに贈りあう者も増えているようですし。」
麗慶の説明を聞いて、そうか…と九郎が呟く。
それでもまだ厳しい顔をしている九郎に、麗慶が言う。
「まさかと思いますけど、学校にお菓子を持ち込むのは禁止などと野暮なことは言わないでしょうね。」
「………そこまで無粋じゃないぞ。あまり推奨はできんが、校則で禁止されているわけでもないからな。」
青龍学園高校は、私立だけあって校則はそこそこ緩い。
文武両道に厳しい反面、自立を重んじるため、校則自体はあまり厳しくないのだ。

「ありがたいと思っただけだ。今の時期、男子がこのようなものを買うのは難しいだろうに。」
ポツリと九郎が言うので、麗慶が少しだけ眼を見開く。
「…なんだ。」
麗慶の視線を受けて、九郎が言う。
「いえ…君…理事長がそのようなことをおっしゃるとは思わなかったもので。」
くすりと笑えば、九郎が複雑な顔をした。
「御礼は一ヶ月後…では3年生だと間に合いませんね。次の稽古で、みっちりと鍛えて差し上げたらいかがです?」
麗慶がくすくすと笑う。だが九郎は厳かな顔で頷いた。
「そうだな。それがいいだろう。」
それを見て、麗慶は肩を竦めた。

あの分では、それ以外の者から、異なる思いを込められたチョコが混ざっているなどと、気付くことはあるまい。

とりあえず差出人のわかるものの名前を書き写す九郎に、麗慶は呆れながらも微笑んだ。

「ああ、九郎。これは私から。」
ぽん、と頭に置かれたのは、長方形の箱。
「麗慶!?」
「チョコばかりでは飽きるでしょうから、プチケーキにしておきました。」
慌てて箱を手に取り、九郎はまじまじとそれを見た。


九郎、と呼んで渡した麗慶。
それは秘書から上司に渡される義理チョコと呼ばれるものではなく、麗慶から九郎自身に当てて渡されたものだという証。
弟分として、友人として。大切に思っているという気持ちの証。


箱を持ったまま動かない九郎に、麗慶がコーヒーを差し出す。
「お仕事お疲れ様です。食べないのですか?」
「あ、いや。…ありがとう、麗慶。」
こちらも子供のように、素直に笑う九郎に、麗慶は微苦笑した。
「この後はどうします?リズ先生にお誘いを受けていますが…。」
「せっかくだが、先生のお誘いはお断りしておく。麗慶だけ行ってくれるか?
実は弁慶に呼ばれているんだ。」
「弁慶に…?」
麗慶が不思議そうに言う。
九郎がリズヴァーンよりも優先させること自体が珍しいのに、相手が弁慶とは…。
「ああ。なにやら用事があるので、仕事が片付き次第来て欲しいと言われた。」
「…では、弁慶も今日はいけないのでしょうか。」
「そうなるな。」
コクリと頷く九郎に、麗慶は少しだけ訝しくおもったが、理事長である九郎と、この学校の教師である弁慶が話をするのは別段おかしいことではないし、男同士の用というのもあるかもしれない。

麗慶らしくも無くそう納得したのは、この後リズヴァーンに呼ばれているというこれまた珍しい事態に、気持ちが急いていたのかもしれない。

「すまんが、麗慶。先生の下へ行って、その旨を伝えてもらえるか?一応俺や弁慶からも電話は入れておくが…
なにぶん、先生は出られないことも多いからな。」
九郎が小さくため息をついた。
呼び鈴で出てこないように、リズヴァーンは電話を無視してしまうことも多い。
火急の用のときはどうするのですか!?と麗慶が説教したくらいである。
それを知っているから、麗慶もまた同じようにため息をついて九郎にお辞儀をした。
「分かりました。では私はこれで失礼します。」
「ああ、気をつけてい行けよ。」
九郎のねぎらいの言葉を受け、麗慶はそのまま理事長室を退室した。


九郎はふと紙袋の中身をのぞいてみた。
ひっかかったのは、教え子が男子生徒だからというだけではなく、明らかにその数が多かったからだ。
ざっと机にあけて見て、添えられたカードをいくつかはずす。
自分に宛てられたものなのだから、ためらう必要も無く、それらの封を開けてみる。
予想通り…麗慶に当てられたものがいくつかあった。
自分宛なら、秘書の麗慶が確認すると思ったのか。
それこそ憧れの相手に対する思慕の情から、あからさまなラブレターもあった。
「お前も十分鈍いと思うぞ。」
九郎はそう呟いて、それともわざと無視したのか?と考えが浮かんだ。。
麗慶ならばやりかねないと思い、九郎は小さく笑った。
「慕っているだけなら、ありがたいのだがな。」
じっとカードを見ていた九郎だが、クラスと名前だけを写し取ると、そのカードをお菓子の包装紙にくるんで処分した。
麗慶が知っていようがいまいが、それを渡す気にはならなかったから。
「………10年、早いな。」
そう呟いて、九郎は麗慶からのケーキを手に取ると、理事長室を後にした。 





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イラスト sava  文 sava & 総 07.02.15 書き下ろし