春黄金花



なにやら弁慶と約束していたようで、仕事を終えた九郎を学校に残し、麗慶は一人鬼堂邸へと来ていた。
「麗慶か。早かったな。」
「ええ。九郎の仕事が速く片付いたもので。」
呼び鈴より早く現れたリズヴァーンを見て、にこりと麗慶が微笑む。
「それで、私に御用とは…?」
リビングへと移動しながら、麗慶が不思議そうにする。
今日麗慶がここに来たのは、珍しくリズヴァーンに呼ばれたからだ。
時間が有れば寄って欲しいといわれて、麗慶は二つ返事で了承した。
バックの中には、最後のケーキの箱が入っている。
リズヴァーンの味覚にあわせたそれは、しっとりと甘いチョコケーキ。
意外に甘党な彼は、くどいのは好まないけれど、蜂蜜などの自然な甘さを好むのだ。
「たいしたことではないのだが、な。」
一度リビングに荷物を置くと、コートを脱ぐ前にリズヴァーンが笑みを浮かべて麗慶についてくるよう促した。
こちらに、というリズヴァーンにしたがって、麗慶は家の外に出た。
木々の合間をぬって、山の奥へと入る。
山の中は肌寒く、麗慶はぶるりと震えた。
「寒いか?」
「いえ、それほどでは。」
「無理をするな。今日は風が強いからな。散らねば良いが。」
いいながら、リズヴァーンは風から麗慶を守るように横に立つ。
「散る?」
隣にぬくもりを感じながら、不思議に思って歩いていくと、リズヴァーンが歩みを止めて前方を指差した。











「あれだ、麗慶。」
「…これは…?」
目の前には、黄色い樹花があった。
梅のような枝ぶり。花の付き具合もそれに似ているが、花の形と色はまったく異なる。
小さな花が幾つも集まって一つの房になっていて、それらが枝のあちこちに散っている。
緑さえも少ない山の中で、きれいに花を咲かせているその樹木に、麗慶の眼が釘付けになる。
「山茱萸(さんしゅゆ) だ。ここに来て間もない頃に、鉢に収まらなくなって、植えたのだ。
あまり手入れの要らぬ樹ゆえ、放置されていてもここまで育った。」

のびのびと育つようにと奥の開けた場所に植えたのがまずかったのか。
ここ数年はすっかりと忘れていた。
けれどそれが功を奏したのか、すっかりとこの山に馴染み、文字通り伸びやかに枝をのばして見事に花開かせている。

「本来ならばもう少し遅く咲く花なのだが、今年は温かかったからな。
例年より10日以上、開花が早かった。」
リズヴァーンはいいながら小刀を取り出すと、スパッと花付きの良い枝を切り落とした。
「先生!?」
「山茱萸は梅と同じだ。切ればそこからまた新しく芽を出し、枝を伸ばして花を咲かせる。」
驚いたような、とがめるような麗慶の声に、リズヴァーンが微笑んで言う。
「そう…ですか。」
麗慶が呟く。見とれるように山茱萸を見つめる麗慶に、リズヴァーンが言った。
「気に入ったか?」
「ええ。」
「ならば、これを。」
すっと渡されたのは、先ほどの枝。





「リズ先生?」
「今日はバレンタインだろう?」
「え?」
言われた言葉に、麗慶が目を見開く。
「あちらでは男性から花を贈ると聞いたが…?」
「あ、はい。」
確かに麗慶は留学中によく花を貰った。
バレンタインに自分からプレゼントを贈ったことなどないくらいだ。
それはもちろん、日本でも変わらないが。
贈るのは、大切な弟たちと、敬愛する師に対してだけなのだから。
けれど、まさか日本で花がもらえるとは思わなかった…。しかも、この人から。
「そうしていると…花が花を抱いているようだな。」
「え…?」
麗慶が驚いてリズヴァーンを見上げる。
「…この花は、お前達に良く似ている…」
目を細めて、優しい眼差しで自分を見るリズヴァーンに、麗慶の頬が寒さのせいでなく赤くなる。

どうして、このひとはこう、さらりと口説き文句のような言葉を言ってのけるのか。
それがお世辞や言葉遊びでなく、まして口説いているのではなく。
本気だとわかってしまうから性質が悪い。

「あ、あの。私も、ケーキを焼いてきましたから。」
いつになくうろたえて言う麗慶に、リズヴァーンが小さく笑った。
「では、お茶にするか。」
戻るぞ、というリズヴァーンに、麗慶がこくりと頷いた。
麗慶が抱える山茱萸を見ながら、お前達のようだとリズヴァーンは思った。



どれほど厳しい寒さの中でも枯れる事無く蕾を育て、わずかなぬくもりを感じ取って花開かせる。
春黄金花(はるこがねばな) の別名を持つこの花は、木全体が早春の光を浴びて黄金色に輝いて、春の訪れを告げる優しい花。

花言葉は、持続、耐久、気丈な愛

それを見た時に、真っ先に思い浮かんだのがお前達姉弟だった。
あの寒々しい家の中にあって、気丈な愛で互いを支えて耐え抜いた、優しい花。
今までがそうであったように、これからも、その花が咲き誇るのを隣で見ていたいと思う。



花を貰うことは多々あった。
薔薇にカトレア、百合に蘭。
あなたのようだという決まり文句と共に差し出される、一輪でも眼を惹く豪奢な花の束ばかり。
花を美しいと思っても、たとえられることを嬉しいと感じたことは無かった。

なのにどうして、言われなれた言葉がこんなにも心に染み渡るのか。
こんなにも、涙がでそうなくらい嬉しいのか。

小さくて、素朴な花。
包みもリボンも無く、ただ切り落とされただけの花の枝が、これほどまでに愛しいなんて。

相変わらず風から庇うように歩く隣の人をちらりと見る。

与えられる想いの温かさがわかるから。
このぬくもりが傍らにあるかぎり、どれほど厳しい冬が来ようとも何度でも花を咲かせるだろう。

そう思いながら、麗慶は腕の中の花をそっとなでた。



春の訪れを告げる花。
冬山で寄り添う二人に、本当の春が訪れるまで、あともう少し。





その頃、生物室では九郎と弁慶がおやつタイムを繰り広げていた。
「今年はパン・デピスですか。」
テーブルに乗せられた花型の小粒なケーキを見て、弁慶が言う。
芳醇なシナモンの香りと、続いて香るグローブ。
スパイスの効いた蜂蜜のケーキだ。
九郎はこう見えてもモテるから、理事長室もチョコがいっぱいなのだろう。
学校にお菓子などとたしなめながらも、生徒からの好意を九郎が無碍にできるとも思えない。
その辺りを配慮してのことだろうと弁慶は思った。
「ああ。お前はチーズケーキか。」
「姉さんのチーズケーキは絶品ですから。」
お互い麗慶から贈られたケーキをテーブルに広げてお茶をする。
「ところで弁慶。用事とはなんだ?」
真顔で聞いてくる九郎に、弁慶が呆れた。
「用事があるから、と先生のお招きを辞したのだろう。」
「…君にそれを求めるのが、間違っているのでしょうか。」
九郎が言うので、弁慶が深いため息を漏らした。
「どういう意味だ。」
怒ったように言う九郎に、弁慶が苦笑した。
「いえ…。たまには君と、仕事を離れて話がしたかっただけですよ。」
「そうか?」
疑いもしない友人に、弁慶は呆れながらも嬉しく思った。
仮にも源の若君。駆け引きも腹芸も化かし合いも、知っているし出来るくせに。
自分達には決してそれを使わない。それどころか思いつきもしないのだから。
『九郎殿が主であられること、弁慶この上無く幸いにございます。』

あれは本心だといったら、目の前の男はどんな顔をするだろう。
再び青ざめるか、真っ赤になって慌てるか…。

シナモンのきいたケーキを食べる九郎を見ながら、弁慶は小さく笑った。
不思議そうにこちらを見る九郎に、なんでもありませんよと返しながら、たわいも無い話を振る。
そうして自分もチーズケーキを口にいれた。
こってりとしたそれは、思いのほか口解けが良く、レモンの風味なのか後味はさっぱりとしている。
もう暫くは、この味を、この味を作れる人を、手放したくないと思いながら、今頃山の中の家で繰り広げられているだろう情景を想像して、弁慶はひとり微笑んだ。





written by sou



イラスト sava  文 総 07.02.15 書き下ろし