可愛い女

アメリカに渡った理由は二つ
一つは自分の力を手に入れるため。
もう一つは…



「まぁ、確かに、W大学薬学部主席卒、幾つもの特許と博士号を持つ才女を、おいそれと嫁にはできんだろうなぁ。」
久方ぶりに姉のところへ顔をだせば、義兄がにこやかに笑った。

腹違いの姉の嫁ぎ先であるこの家は、貿易商を営んでいる。
その社長であるこの義兄は、その立場に関らず、気さくな人柄だった。
とはいえ、姉と違って再婚。年が離れている上にそこそこ大きな子供もいた。
それなのに名門武蔵家の娘が嫁ぐことになったのは、姉がいわゆる外腹の娘だったから。麗慶より扱いが低いのだ。
大人しくて立場の微妙な姉を、まだ子供の麗慶が庇っていた。
物静かで優しい姉は、まだ10代のうちに、一族に命じられるままに縁談の相手に嫁いだ。
それでも嫁ぎ先の旦那と息子が良い人、良い子だった(と聞いた)ので、麗慶は胸をなでおろしたのだ。

「ことに日本の男は、収入、能力、地位が自分より低い女を求めますからね。」
くすくすと麗慶が笑う。
「お前さんが、そう言ったんだろうが。」
「おや、自分より優れた人を夫にしたがるのは、女の性というものでしょう?」
適齢期が近づく前から、降るような縁談があった麗慶は、相手の希望といわれて自分より優れた男と言い切ったのだ。
「尊敬できる方に嫁ぎたいと思うのは、浅はかでしょうか。」
訳(馬鹿の相手などする気は無い。)
極上の笑みとともに告げられた言葉に、一族の誰もが反論できなかったという。
「女は愛嬌、望まれて嫁ぐのが幸せ、なんて時代錯誤な家ですから。だったら望むことのできない状態にしてやるだけです。」
「いかず後家候補といわれてるぞ。」
「願ったりですね。」
「…もらって欲しいやつでも、居るのか?」
「さぁ…」
麗慶がニコリと笑った。
「ただ…あの馬鹿な子供たちが一人前になってくれないと、他に目を向ける暇がないだけですよ。」
「ふ〜ん…。俺はてっきりあの隠者の先生かと思ってたんだがな。」
にやりと笑って言う義兄に、麗慶がむせ込んだ。
「に、義兄さん!」
「お、図星か?」
「………あの方は、私の師匠ですよ。下世話な想像をしないでください。」
「何だ、つまらん。」
飄々と言ってのける義理の兄を、麗慶が睨む。その顔さえ、美しい。
傾国の美女とまで言われる、美しい義理の妹。
過ぎたる美は、常に悲劇が付きまとう。
それが彼女に降りかかることを、心優しい自分の妻は、常に気にかけていた。
それに自分も、この素直に優しさを表現しない、可愛らしい性格の持ち主を、気に入っているのだ。
「ま、いざとなったら、うちにこいや。」
「…義兄さんには、姉さんがいるでしょう…」
「そうじゃねぇよ。あと5年もすりゃ、俺の息子もいい男だぜ。」
「彼…がですか?馬鹿を言わないでください。第一、その頃には、私が『いい年』ですよ。」
「お前さんなら、5年くらい変わらないとおもうがね。」
「大体、彼は私の甥でしょう?」
「血は繋がって無いだろう?」
姉が嫁いだこの義兄には、先妻との間に息子が居た。だから彼が言うことも理解できるのだが。
「…面白がってますね。」
「おうよ。あの女好きがお前さんと会ったときの反応が、見てみたくてな。」
「義兄さんの息子でしょう?だったら…見抜けないような間抜けではないと思いますが?」
にこり。麗慶がいつもの含んだ笑顔を見せる。
その息子が自分の黒さを見抜けない間抜けじゃないだろうと言っているのだ。
「…そうだな。俺もわからないような馬鹿じゃないと思うが。」
穏やかな眼差しで自分を見る義兄を、麗慶が怪訝そうに見返した。
(お前さんの隠した優しさが分からないような、馬鹿じゃないと思うがな。)
にやりと笑って義兄が麗慶を見た。
「ま、気にしなさんな。お前さんは自分で思っているよりずっと、可愛い女だってことだよ。」
「自分の器量くらいは理解していますが?」
「そういうこっちゃねーよ。」
からからと笑う義兄を、麗慶は困惑して見ていた。
「ま、あいつもそこまで愛されてりゃ、幸せだわな。」
「…義兄さん…」
「俺ぁ、誰にもいってねぇぞ。」
麗慶がじろりと睨めば、にやりと笑う。


もう一つの理由は、誰にも告げる気はなかった。
なのにこの義兄は、勝手に察して。勝手に理解して。
そして協力してくれて。

有り難いなどと、嬉しいなどと、決して伝えてやるものか!





written by sou
イラスト sava  文  総  2006.10.04
可愛い女 加筆訂正