ブラザーサン  シスタームーン




私は、要らないのだと理解した。


弟が生まれたとき。私はまだ言葉など話せなかったはずだ。
言葉の意味も知らず、分からなかった。けれど、自分の立場を理解した。
武蔵を継ぐのは男児だから。

だから、もう私は必要ないのだと。

男尊女卑。
源家同様に武士の流れを汲む武蔵家は、特にその傾向が強かった。
もちろん、女性が秘書という職に就くこと自体は多い。
だが、護衛の任もかねたその職の頂点に立つのは男児で、そして武蔵の頂点にあたるこの家には男児が必要だった。
当然、一つしか違わない弟と私の扱いは変わる。
それを不満に思ったことはなかった。感じたのは、漠然とした寂しさだけ。
それが自然で当たり前だったのだ。私もまた、「武蔵の女」だから。

むしろ、そうでないものの方が、私には奇妙に映った。
たとえば、あのリズ先生のように。
彼は私が女性だからと見下すことも無ければ、美しいからともてはやすことも無かった。
ただ私が私であればよいと、あるがままに受け入れてくれた。
形こそ異なれど、九郎もまた、同じだった。
武蔵が仕えるべき、源の中枢にあるものが。
それが、私には不思議でたまらなかったのだ。
なぜ、私が女性だからとはずされることを、彼らが怒り、嘆き、悲しむのか。
女性として扱われているだけなのだと、私は感じていた。
それが一般的な意味と異なっていたとしても。私にとってはただそれだけのことだった。
そんな些細なことを、この全てに秀でた弟が、これほどまでに気に病んでいたとは。
自分の道をゆがめてしまうほどに。



「姉さんは一緒じゃないの?」
聞かれるたびに、困った顔をする使用人たち。
誰も言えない。言えば君が嘆き、怒るからだ。
だから私が君に言い続けたのだ。
「そのくらい一人でなしとげなさい。その程度のことができないような情け無い弟をもった覚えはありません。」
不遜に。居丈高に。傲慢に。私には必要ないのだと。そう知らしめてきた。
その発言に真実味をもたせるために、私はあらゆることを、君よりほんの少しだけ早く、出来るように努めた。
女の身で、女のくせに。そういわれ続けても。君と同じことを、同じようにこなす。
君が、要らぬプレッシャーに囚われぬように。コンプレックスに溺れぬように。
そしていらぬ負い目を背負わぬように。
その才を、伸びやかに花開かせるために。
君以上に出来すぎず、けれど劣る事無く、万事をこなす。

武蔵の跡取りを育み支える為に。
ただ、それだけだった。
そのはずだった。

それなのに

君が私を案ずるから。
女である私を尊ぶから。
女であることを、それゆえ排除されることを、悲しいなどと感じてしまうではないか。
それは、当たり前のことであったはずなのに。


弟が生まれなければ、私は寂しさを感じることもなかった。
弟が君でなければ、私は悲しみを感じることなどなかった。

その微笑が優越だったなら、私は君を嘲笑した。
その眼差しが同情だったなら、私は君を軽蔑した。

なのに何故、君は私を敬し、愛した…!

どれほど不遜な態度をとっても、君の微笑みは変わらない。
どれほど傲慢に振舞おうとも、君の眼差しは揺るがない。

君がいなかったなら。君が君でなかったならば。
私はこんなに苦しいと感じることもなかったのに…。



ああ、けれど、私は知っていた。
この弟の優しさを。その愛情を。
私が姉だからではなく、私が私だから慕ってくれる、優しい君を。
その目を、眼差しを。
武蔵でなく、女でなく、皮一枚の表皮でなく。
私の内側を見ようと、その目で覗き込んでくる。
私の内側に触れようと、その手でしがみついてくる。
幼いそのときから、ずっと変わらぬ、そのしぐさ。


知っていたから苦しかった。
苦しかったけれど愛しかった。

だからこそ。守りたかった。

守りたいから、異国の地へ離れたのだ。


私が居れば、君はその秀麗な顔を歪め、私のために嘆く。
私が嘆けば、君はその内側で怒りを滾らせる。

ならば隣に居なければ良い。
私が居なければ君は嘆くことも怒ることもないのだから。

それなのに君は、再び私の隣に来る。
嘆き、怒りながら隣に現れる。

そして、私が笑えば、君も笑うのだ。
幼い頃のように。



君が生まれたことにより生じた寂しさは
君が傍らにあることにより消えうせた。

君が君であるため知った悲しみは
君の眼差しで癒された。

君のせいで感じられた苦しみは全て
君を守るための強さに変えた。


だから、弁慶。君が気に病むことなど何一つないのだ。
同じ慶びをその名に分かち合った、私の弟。

君は君の望む道を歩めばよい。
私の影に惑う事無く



私はもう、君という慶びを手に入れたのだから。
その影さえも、愛しさに変えて。





きみたちの優しさは光のよう
目に見えることは無いけれど
触れることも出来ないけれど
それを感じ取ることができる

陽の光も 月の光も 確かにそこにあるのだから





イラスト sava  文  総  2006.10.04
ブラザーサン シスタームーン 他 加筆訂正