姉妹の絆
「こんにちは、麗慶。」
「…幸
お姉様!?」
嫁いだ姉の突然の来訪に、麗慶は目をしばたかせた。
現在麗慶は一人暮らし。
仕事の関係上その方が都合がいいと言い張って、駅に程近いマンションで暮らしていた。
初めてと言ってもいい姉の来訪に、麗慶は驚きながらも喜んだ。
「お久しぶりです、幸お姉様。」
「…貴方にそう呼ばれるのも久しぶりね…」
にこやかに微笑んで、勧められるままリビングへと向かう。
カウンターキッチンとつながっているそこで、以前は見なかったものを見つけて、麗慶の姉は小さく笑った。
「可愛らしいものをおいているのね。」
サイドボードの上には、いくつかのぬいぐるみ。
譲がくれたカエルのぬいぐるみ、リズヴァーンにもらったリスのぬいぐるみ。
そして、弁慶がホワイトデーに寄越した、リズヴァーン人形。
それらが仲良くちょこんと座っているのを見て、幸が微笑んだ。
「あ、それは、弁慶が…」
「貴方はこういうものを好まないと思っていたけれど。やはり女の子ね。」
自分より年上とはいえ、10も離れていない姉に言われて、麗慶は苦笑する。
義理とはいえ、息子がいるとこうなるのだろうか。
すっかり母親の顔である。
もともと慎ましやかで、良妻賢母を絵に描いたような人だったけれど。
「なんとなく似ている気がするけれど、麗慶はこういう感じのものが好きなの?」
ぬいぐるみのことを言っているのだろう。
弁慶が全てリズヴァーンをモデルにして作ったのだから、似ているのは当たり前なのだが。
「あ、いえ………はい。」
弁慶が、と言おうとして、微笑んだ姉と目が合い、思わず頷いた。
いくら弁慶が作ったといっても、好きでなければ持ち帰ったりしないのだから。
姉を見ていたら、素直にそう思えた。
麗慶は姉には、偽れない。
見抜かれるというのではない。
嘘をつくのが辛いのだ。
この姉は決して麗慶を責めないから。
ただ、悲しそうに微笑むだけ。
だからこそ辛くて、彼女には嘘をつきたくない。
「その、師の…リズ先生の、ぬいぐるみなんです。」
コーヒーを渡しながら、麗慶が恥ずかしそうに言う。
「リズ先生…というと、貴方たち姉弟の護身術の先生だったわね。今は写真家として活動されている。」
「はい。」
ほんのりと頬を染めて誇らしげに言う麗慶に、幸も微笑む。
麗慶は、彼の先生の話をする時が、一番幸せそうだと幸は思った。
「麗慶。」
幸に名を呼ばれて、麗慶が不思議そうに見つめた。
「貴女は…結婚しないの?」
その人と、という意味を込めて言えば、麗慶は目を見開いた後、ゆっくりと首を振った。
「私では、役者不足でしょう…」
「麗慶…」
「あの方を支えることなど、できない。時折お伺いして、身の回りのお世話をするくらいのこと。それだとて、余計なお世話になりかねない…」
「それで、いいの?」
いつになく厳しい声で言う幸に、麗慶が驚いて顔を上げる。
「好きなのでしょう?他の誰にも嫁ぎたくないくらい。だから、あんなにも頑張ったのでしょう?」
決して責めてはいない。ただ、悲しそうに言われて、麗慶の心も痛む。
「幾つもの特許をとって、それでお金を稼いで。いざと言うとき、私と同じようにならないために。」
「お姉様!」
麗慶が否定するように叫ぶが、幸はそのまま言葉を続けた。
「あなたにはその力があった。だから、そうした。お金さえあれば、私のように強制されることなく、好きな相手と結婚できるから。」
ちがう?と聞かれて、麗慶は反論できなかった。
「お姉様、私は。」
「ええ、分かっています。貴女は私を哀れんでいるわけではない。そして私は不幸ではない。」
柔らかな笑みを零した幸に、麗慶がほっと息をついた。
「私は運がよかった。今でもそう思うの。どんな扱いを受けても文句はいえないのに、湛快さまにも、ヒノエさんにも、優しくしてもらえたわ。」
にこりと穏やかに微笑む姉は、本当に幸せなのだろう。武蔵に居た頃よもずっと、柔らかく笑うのだから。
「私は、名前の通りのものを得られたの。だからこそ、貴女にも幸せになって欲しい。」
「お姉さま…」
「欲しいものは自分で掴めと弁慶さんには言ったのに、貴女はそうしないの?」
「………掴んでいます、から。」
麗慶が目を伏せて言う。
「隣にいられるだけで、いいんです。いずれあの方が、奥方を迎えても、弟子ならば、共に居られるでしょう…」
「麗慶。」
とがめるような声で幸が言う。
貴女は、そんな位置にいるような人じゃない。
自分と違い、堂々と日の下に居られる人なのだと。
それを望んでいいのだと。
けれど麗慶は、苦しそうに笑う。
「望んでいるのは、私だけ。あの方は、いまだ私を幼子のようにされる…」
麗慶の言葉に、幸は悲しそうに見つめた。
「あの方は、私を可愛がってくださります。でも、それだけなのです。そして、私はそれだけでも、欲しいのです。」
麗慶が、淡々と、吐き出すようにそう告げる。
「それ以上も、欲しいのでしょう?」
「あの方の重荷になるくらいなら、全てを封じます。」
麗慶がきっぱりと言い切った。
それを聞いて、幸は変わらないと思った。
共にいた時から、家の者に言いなりになっているように見せて、一番大事なところは決して譲らなかった。
周りに何をどれだけ言われようと、私を姉と呼ぶことを、近づくことをやめなかったように。
「麗慶…あなたが…」
それでいいのなら、といいかけて、口つぐみ、幸は言葉を変えた。
「また、来てもいいかしら。」
「お姉さま?」
「話を、聞かせて。嬉しいことも。苦しいことも。ただ、聞くだけだから。それしかできないけれど。」
隠さずに教えて、と幸が笑った。
「弁慶さんには言えない事を、聞かせてくれる?」
「…はい…」
変わらないと、麗慶も思った。
昔から、特殊な環境で育ったせいか、この姉は人の心の機微に敏かった。
自分が疲れているときは、何も言わずに寄り添っていてくれたのだ。
そうして冗談にまぎれて告げる言葉を、ただ、受け止めてくれた。
誰にも、弁慶にも零すことなく…
「また、いらしてください。いつでも…」
にこりと微笑んで麗慶が言った。
それから少しの間、とりたてて何をするでもなく、時折言葉を交わしながら、二人はゆっくりとコーヒーを飲んだ。
written by sou
文 総
2007.05.22日記 姉妹の絆 加筆修正
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