つがいの鳥
5月も終わりの休日、麗慶はリズヴァーンの世話をすべく山へと訪れた。
いつもの様にドアベルを鳴らし、鍵を取り出す。
いつもと違ったのは、鍵を開ける前に玄関の扉が開いたところだろう。
「先生!?」
「そこまで驚くことか…?」
麗慶が目を見開いて自分を見るので、リズヴァーンが苦笑する。
「はい。」
リズヴァーンの言葉に、麗慶がこくんと頷いて即答したので、また笑みがこぼれた。
「先生、昼食は?」
「まだだ。」
「ではすぐに作りますね。」
にこりと微笑んで麗慶が台所へ移動した。
その後ろから、リズヴァーンがゆっくりとついていく。
リズヴァーンはキッチンの椅子に座って、麗慶が料理をするのを見つめる。
いつもと少しだけ違う行動を、不思議に思いながらも、そんな日もあるかと、麗慶は料理を続けた。
「どうぞ。」
麗慶が、ことんと湯気がたつパスタをテーブルに置く。
その手を掴んで、リズヴァーンが麗慶を見つめた。
「先生?」
「麗慶。」
真剣な顔で−リズヴァーンがふざけた顔をするところなど、想像し難いが−自分を見つめるリズヴァーンを、麗慶は首をかしげた。
「これからは、この家に『帰って』きてくれないだろうか。」
「え?」
あまりにも予想外な言葉に、麗慶がきょとんとしてリズヴァーンを見る。
それにいつもの様に…いつも以上に柔らかな笑みを零して、リズヴァーンが言う。
「私と結婚して欲しい。」
麗慶が瞬きも忘れて、目を見開く。
しばらく、時が止まったかのように、無音が続いた。
客観的には、パスタの湯気が消えぬほどの時間。
けれど、主観的には、どちらにとっても長い間たってから、ようやく麗慶がせんせい…とかすれた音を零した。
「正直、これで何が変わるのか分からない。ただ…お前を見ていたい。」
言いながら立ち上がると、リズヴァーンは麗慶の頬をそっと撫でた。
「春の日差しに花を咲かせる時も、北風に受けて眠るときも、お前を見ていたい。
お前と共に、生きていきたい。」
せんせぇ、とくぐもった声がした。
ぽろぽろとあふれ出した涙が、麗慶の頬を伝う。
「…そんなに、嫌だったか?」
本気でそう思ったわけではないが、一言も発しない麗慶に些少の不安は現れる。
リズヴァーンが苦笑しながら言えば、麗慶がぶんぶんと首を振った。
「麗慶。」
うつむいてしまった麗慶の顔をそっと上げさせると、涙を指でぬぐってやる。
「私と、結婚してくれないか?」
二度目はゆっくりと、はっきりと声にする。
麗慶は口を開いたり、閉じたりと、せわしなく動かしていたが、やがて、小さな声ではいと言った。
その言葉しか、出てこなかった。
この温かな場所が、私の帰る所。
そう思ったら、麗慶はまた涙があふれてきた。
優しい腕が自分を包む。
もう離さなくていいのだと、その手が教えてくれた。
失うことを、怯えなくてもいいのだと。
得ることを、諦めなくてもいいのだと。
子供がしがみつくような仕草で抱きついてくる麗慶に、リズヴァーンは微笑んだ。
いつもの様に頭を撫で、いつもと違い口付けを送る。
何度目かのキスを送ると、ようやく麗慶が泣き止んだ。
それから少しの間、何を話すわけでもなく、そっと寄り添っていた。
その日の昼食はすっかりぬるくなったパスタとスープ。
一緒に食べたその味は、おいしかったのかまずかったのか分からない。
けれど、忘れられない味になった。

「ふつう、指輪くらい用意してから言いませんか?」
黒龍が些か呆れ気味に、カウンターに座るリズヴァーンにコーヒーを出す。
約束どおり、リズヴァーンは麗慶とfar awayに来ていた。
二人で来たのではなく、この店で待ち合わせをしていたのだ。
今から指輪を買いに行くというリズヴァーンの話を聞いての、黒龍の発言である。
「断られたら、無駄になるだろう。」
「………そうですが…」
言葉を詰まらせる黒龍を見て、隣で朔が笑う。
「それに、私はああいうものに詳しくない。だったら、本人が気に入るものを贈りたい。」
それを聞いて、麗慶が苦笑する。
麗慶にしてみれば、リズヴァーンが選んだものなら何でも良いのだが。
それでも堅実なリズヴァーンらしい気遣いを、麗慶は嬉しく思った。
「これから、というと、どちらへ行かれるのですか?」
朔が楽しそうに言う。
実際楽しいのだろう。こういう幸せな話は聞いていて飽きないと、朔は思う。
「それなんだが…この辺にあるアンティークショップを知らないだろうか?」
「え?」
リズヴァーンは麗慶の髪を見ながら、ゆっくりと言った。
「この髪飾りを買った店なのだが。どの辺りだったか、あまり覚えていないのだ。」
麗慶の髪飾りをみて、黒龍と朔が顔を見合わせた。
「知っているのか?」
二人の反応をみて、リズヴァーンが聞く。
「…そのお店でしたら、きっとすぐに見つかりますよ。」
黒龍が穏やかに微笑んだ。
「お二人の前になら、喜んで現れると思います。」
朔の言葉を不思議に思いながら、二人はコーヒーをゆっくりと飲み干すと、カフェを出て行った。
麗慶の金の髪の中で、アメジストが柔らかく光った。
つがいの鳥が、寄り添いながら、幸せそうにさえずっているようだった。
written by sou
イラスト sava 文 総
2007.05.30日記 つがいの鳥 祝・婚約!! 加筆修正