忘れじの面影



「サクラサク」
そんな言葉を期待したわけではないけれど。
桜はあの女に似ていると思う。咲き誇り、すべての者を魅了し、そしてどこか危うい。
はじめて彼女にあった時、まず浮かんだのは「完璧」という言葉だった。
美貌、教養、品格、家柄、すべてにおいてその時すでに彼女は完璧であった。
「・・・武蔵さんは」
私の呼びかけに、くす、と彼女の形の良い唇が微笑む。
「経正さんは変わっていらっしゃるのですね」
「そうですか?」
「ええ。大抵の男の方は会ってすぐに私の事を名で呼びますわ。苗字で呼び続けられるのは久しぶり」
「そう・・・なんですか?」
「ええ。でも経正さんは何度お会いしても名前で呼んでは下さらないのでどうしてかしらと思っていたんです」
「会って間もない男から名前で呼ばれるのはお嫌でないのですか?」
「ええ、嫌です」
「?」
「ですから、男の方が嫌いなんです。私」
「それは・・・困りましたね」
「ふふ。誤解なさらないで。その男の方の中に貴方が入ってこないので私も驚いているのですから」
困惑した私の顔を見て彼女が微笑む。
「貴方はいい人ですわね」
「そう・・・ですか?」
「ええ。私を対等に見てくださっている。同じ人間として。それが嬉しいんです」
その言葉にその笑顔に今まで彼女がどのよう立場で扱われていたかが解って、しまった。
それは、私と同じだったから。
「貴女の言われる事が解るような気がすると言ったら怒りますか?」
「?」
「私は・・・実は桜の花が好きなんです。でも誰にも言った事はありません」
「どうしてですか?」
「言うとですね・・・女々しいと貶されるのが解っていますから。昔から私はどうもそういう花とか音楽とか女性的なものに心惹かれる傾向が強くて」
「よい事ではありませんか」
「それがね、男らしくないと」
「まぁ」
「男も初めから「男」に生まれるわけではありません。そういう風に躾けられるんです。・・・そしてそれは女の人も」
はっ、と彼女が私の顔を見る。
「・・・同じだと思うんです。桜は桜、他の何者でもないのに周りが色々と期待したり惜しんだりする。
でも当の見られる花はどう思っているのかと。・・・桜の季節になるとそういう事ばかり思ってしまいます」
「・・・」
「でも、私はやはり桜が好きなんです」
「経正さん・・・」
「花はね、ただ、無心に咲き誇ればいいと思います。それが花の役割だと思います」
「貴方は・・・本当に、いい人ですね」
「よく言われます。それが欠点だとも」
「まあ」
私の言葉に彼女が笑う。
その微笑は先程までのどこか距離をおいたものでなくて本当に笑いから笑っている笑顔だという事がわかった。
この花がずっとそばにあったなら。
叶わぬ願いだとも思っていても。
「・・・ああ、桜が好きな理由がもうひとつありました」
「なんでしょうか?」
「遠い、からです」
「?」
「毎年見ても、何度見ても、その本当の姿が見えなくて遠い気がするから・・・自分の物にならないから余計に好きなんです」
「・・・そう、なんですか?」
彼女はその時、私の言葉がよく解らないといった表情をしていた。
でも、やはり彼女は自分自身の花を咲かせるためにアメリカへと去っていった。
「ありがとう。貴方のおかげで決心がつきました」
一通のエアメール。
「やはり、高嶺の花でしたね・・・」
その花が、また私の手の届く所へ帰ってきていると風の噂で知った。
「サクラサク」
そんな言葉を期待したわけではないけれど。
桜の花に思いを託して、もう一度、彼女に会いたいと思った。





written by sava



結び文



「麗慶殿。」
「おや、どうしました敦盛くん。」
校内で敦盛に呼び止められた麗慶は、不思議そうに彼を見た。
「…その、これを…。」
敦盛がそっと手渡したのは、桜の枝につけられた結び文。
こんな、いまどき誰も知らないような古式ゆかしいまねをする人物など、一人しか思いつかない。
「…敦盛くん。君の気持ちはうれしいですが、私は理事長の秘書で、君はこの学校の生徒。残念ですが…。」
麗慶が目を伏せて、つらそうに言えば、敦盛が真っ赤になって首を振る。
「あ、いえ!これは私ではなくて、その。」
(相変わらず、可愛いらしいことだ。)
そこいらの女性より愛らしい敦盛を見て、麗慶がくすりと笑う。
当然、麗慶はその文が敦盛からだなどと思ってはいないのだ。
「ああ、もしかして、兄君からですか?」
「はい。」
初めからわかっていたくせに、いかにもいま思いついたように麗慶が言えば、敦盛はほっとして枝を差し出した。
「どうか、受け取ってもらえないだろうか。」
ここで断ったら、この兄思いの弟がどれほど傷つくことか。
「…お返事は、出来ないかもしれませんよ。」
「構わない。ただ、受け取って欲しいだけなのだから。」
敦盛の返事に、麗慶がため息をついて枝を受け取った。
「では、伝言を。次からは、言いたいことがあるなら弟を使わず、自分で言うように、と。」
「…ありがとう。」
にこりと微笑む敦盛に、我ながら甘いと麗慶は思った。
だが、あの平の一族とは思えぬ優しい兄弟を、麗慶は決して嫌ってはいないのだ。
もちろん、経正のことも…

あの温かな優しさに触れていたい。
けれど彼の望む思いを抱くこともできない。

結び文
縁を結ぶという意味があるのだと知ったのはいつだろうか。

断ち切ってしまいたいわけでは、ないのだ。

「…いいお友達でいたい…っていうのは、一番残酷なんでしょうけれど…」
それが本音なんですよねぇ。さすがに本人にはいえませんが。
敦盛が立ち去るのを見送って、麗慶は深いため息をついた。





written by sou



文 sava & 総  2006.10.5-06
忘れじの面影 春先の出来事 加筆訂正
背景素材 さくらや 様