楽 園



「えっ?先輩が熱だした!?」

「ああ、さっき春日のおばさんから電話あってな。今日は学校休むってよ」
「大丈夫かな・・・」
「ほら、いつもの奴だろ。このところ急に寒くなったからな」

のぞみは身体が丈夫な方でなくて、季節の変わり目や疲れなどでよく体調を崩すのだ。
子供の頃はもっと虚弱だったが、古式武道を習いはじめたり、自分でも体調管理に気を付けたりしているうちに
だんだんと改善されて今では寝込むことは少なくなった。だがこうやって学校を休む事もまだたまにはあるのだ。

「で、今日おばさんもおじさんも留守らしいから」
「分かった。今日は部活休んで帰るよ」
「ああ。悪いな。俺もバイト終わったら寄るから頼むぜ」

春日家も有川家も両親共働きな為、昼間は誰もいない。
ましてのぞみの母は看護師をしている為に勤務が不規則になりがちで
こうやってのぞみが寝込んだ時には譲子達が看病に行くのが常なのだ。
逆に譲子や将臣が寝込んだ時には必ずのぞみが看病に来る。
この3人はそうやって互いに助け合って育ってきたのだ。

学校が終わるのももどかしく、譲子はせきたてられる思いで望の家にやってきた。

「・・・先輩?」

のぞみの部屋に行くとのぞみはすうすうと寝息を立てて眠っていた。
のぞみの額に手をやると少し熱はあるようだが、呼吸は落ち着いているようだった。
ほっとして譲子は台所へと向かった。

『譲子ちゃんへ。いつもごめんなさい。薬はいつもの場所にあるので食後に飲ませてあげてね。よろしくお願いします。』

テーブルの上にきちんとした文字で書かれたのぞみの母からのメモが置いてあった。
譲子は土鍋を出してお粥を煮る。

『看護師なんて因果な職業よね』

のぞみの母といつかした会話が言葉が頭をよぎる。
あの時は確かのぞみの母がこうして台所でお粥を煮ていた。

『自分の職業に誇りをもっているけど、こうやって自分の息子が寝込んでいる時も
他の誰かを看護する為に出かけていかなきゃならないなんて、ね。時々考えてしまうわ』
『でも先輩はおばさんが仕事を続けてくれるのがうれしいんだって言ってましたよ』
『ふふ・・・あの子は、優しいから。・・・ううん、優しい、のとは少し違うかな』
『?』
首をかしげた譲子を微笑んで見つめながらのぞみの母は言葉を続けた。
『諦めてしまうのよ、あの子は。物や人に執着しない・・・親にもね。
昔もっと身体が弱かったから自分は長生きできないんじゃないかって疑っているのよ。
大事なものを持たないように、って何でもすぐ手放してしまう。そういう癖が身についてしまっているの』
『そんな・・・』
のぞみの母がコンロの火を止める。
そして優しく譲子の方を見て言った。
『だから・・・譲子ちゃん、お願い。あの子の碇になってあげてちょうだい。
あなた達兄妹にだけはあの子ものすごく執着してるから。あなた達の事が本当に好きなのよ。
あの莫迦息子がどこか行っちゃわないように、しっかり繋ぎとめてあげてね』
『・・・はい!』
『うん!いいお返事!いい子ね』
ぐりぐりとのぞみ母が譲子の頭をなでてぎゅうっと抱きしめる。
『も〜譲子ちゃん早くうちにお嫁においで!』
『お、おお、おばさんっ!!』
『おかあさんって呼んで欲しい〜!うちのヘタレ息子じゃ譲子ちゃんにはもったいないかもしれないけど』
『そんなことありませんっ!』
思わず本音が出てしまって真っ赤になってしまった譲子を楽しそうにのぞみの母が見ていた・・・

ことことこと。

「もう、いいかな・・・」
土鍋の中ではお粥がおいしそうに湯気を上げていた。

「先輩、起きて下さい。お粥持って来ましたよ」

譲子がのぞみを起こす。

「う、うう・・・ん」
「先輩。ほら起きて。お薬も飲まないといけないから起きて少し食べてください」

言いながら譲子がのぞみの身体をゆする。

「うう・・・譲子ちゃんがキスしてくれたら・・・起きる・・・」

(先輩また寝ぼけてる!)

のぞみがごろんとこちらに寝返りをうった。布団に埋もれていた顔が見える。
譲子はそのまま又眠ってしまったらしいのぞみの顔を見つめた。

(ふぅ・・・困ったな)

ため息を少しついて譲子はのぞみの部屋を見るともなしに見回す。
最近は寝込む事も少なくなっていたし、こうしてのぞみの部屋まで来るのは久しぶりだったのだ。

のぞみの部屋はきちんと片付いていて、譲子の兄の将臣の雑然とした部屋とは大違いだった。
殺伐とした、という言い方もできるほど何もない部屋の机の上には写真立てがひとつあって
そこには将臣とのぞみと譲子が3人で写っている写真が飾られていた。
それを見て、譲子は暖かいような、胸が締め付けられるような気持ちになった。

『あの子の碇になってあげてちょうだい』

「先輩・・・」

のぞみはまだ眠ってるようだった。

そっと譲子は自分の顔をのぞみに近づけた。
のぞみの頬に自分の唇を当てる。

ちゅ

触れるか触れないかの、軽い、キス。

(うわ。何やってんだ私!)

譲子がさすがに恥ずかしくなりのぞみから顔を離した時、


のぞみと、目が合った。


「ゆずるこ・・・ちゃん?」

(起きるなんて!うそっ!)

か、かあああああああっ!
譲子の頬が真っ赤に上気する。

「せっ・・・先輩がっ・・・キ、キスしたら起きるって言った、から・・・し、してみました!」

譲子はしどろもどろと言い訳をする。

のぞみはまだ起ききっていないのかどこかぼうっとした様子で譲子を見つめている。

「お、お粥作ったんで食べてください。あとお薬・・・」

恥ずかしくてそそくさと後ろを向こうとした譲子の腕をのぞみがぐっと捕らえる。

「え?」

そのまま、強い力で引っ張られた。

「き、きゃっ」

どさ、とベッドに譲子が倒れこむ。

目の前には、のぞみの、顔。

「えっ、せんぱ・・・」

先輩、と言おうとした最後の言葉はのぞみに食べられて、しまった。

(一体、何が起こっているの・・・?)

「んんっ・・・ん・・・」

さっき自分がしたキスとは違う。
息もできない食べられてるような、キス。

頭の中が真っ白になる。熱で高くなったのぞみの体温が直接口の中に入ってくる。

「はっ・・はあっ、せんぱ・・・ん。んんっ」


『ああいうタイプが一番危ないんだぞ』
『普段ストイックなやつほど、理性が飛んだときがやばいんだ。加減が分からなくて突っ走っちまう』


のぞむの言葉を思い出す。
けれどのぞみに何度も口付けられて譲子の意識が真っ白になっていく。

(も、もう・・・どうなっても・・いい)

その言葉が聞こえたかのようにのぞみの唇が譲子の唇から離れて首筋をつたう。

「あっ・・・」

そのままのぞみの頭が譲子の胸元に下がっていき・・・

譲子がぎゅっと目を硬く閉じた。

「・・・」
「・・・」

「・・・」
「・・・せん・・・ぱい?」

突然ぴたりと動きを止めたのぞみを不思議に思って譲子は目をこわごわ開けた。


「すー・・・」

「え・・・っ?」

のぞみが譲子の上で熟睡したいた。

「先輩っ!!!こ、・・・ここで寝ますかっ!?」


のぞみは「生殺しlv.2」を習得した!

「起きて下さいっ!!先輩っ!もうっ!」
「すー・・・」

完全に熟睡している。

(ああ、もうっ!び、びっくりしたのに・・・!)

「せーんぱーいーっ。重いー。よいしょっ、と」

どさっ、と自分の上からのぞみをどかす。

「う・・ううーん」

のぞみはくる、と壁側に寝返りを打ってまた眠ってしまったようだ。

「ああ・・・寝ちゃった」

ほっとするような残念なような複雑な気持ちで譲子はのぞみの背中を見つめた。
乱れてしまった布団を掛けなおし、ぽんぽん、と優しくたたく。
そして、はっ、と気づいた。

「・・・じゃなかった!起きて下さいっ!お薬飲まなきゃ駄目です!先輩熱ありますよ絶対!さっき熱かったですか・・ら」

かあああああっ。自分で言った言葉に赤くなりながら譲子が必死でのぞみを起こす。

「先輩!先輩ってば!」
「何だ、寝てんのか?」

ばたん、と部屋のドアを開けて将臣が入ってきた。

「に、にに兄さん、いつ来たんだよ」

(まさか今の聞かれていたんじゃ・・・)

「ああ?バイト早引けさせてもらって、今来たんじゃねえか。ほら、オーナーから見舞いだとよ」

がさっ、と袋を譲子に渡す。

「そ、そうなんだ・・・あ、綺麗。紅玉かな」

動揺を悟られないように努力しながら譲子が袋を受け取り中を覗き込む。
袋の中には真っ赤なリンゴが3つ入っていた。

「さあ?りんごの種類なんか知らねえけど、せっかくだから食おうぜ」
「先輩への見舞いだろ?兄さんが食べる気かよ」
「どうせまだこいつリンゴなんか食えねえだろ・・・まあ慰めに枕元に1個置いてやるか」

将臣が袋からリンゴを一つ取り出した。

「これでいいだろ。とっとと剥いてきてくれよ。俺、腹減ってんだ。それまでに俺がこいつ起こしておくから」
「うん・・・じゃあお願いしようかな。よろしくね」

(す、少し私も頭冷やしてこよう・・・)

ぱたぱた、と譲子がりんごを持って台所へ行くのを見てから将臣がベッドの枕元に腰を下ろす。

「おい」

将臣がのぞみに声をかける。

「・・・」

返事は無い。

「こら」

ことん、とのぞみの頭にりんごを乗せる。

「起きろ、狸」

「・・・将臣くん・・・」

りんごよりも赤い顔をしてのぞみが起き上がった。

「お前なあ・・・あれはないだろ」
「うん・・・ごめん。ちょっと理性、飛んだ」
「まぁあれは譲子も悪い。食ってくれと言わんばかりだからな」
「って、ちょっと・・・将臣君!一体いつからいたんだよ」
「・・・悪ぃ。入れなくてな」

かあっとのぞみの顔がさらに朱に染まる。

「・・・ごめん。あんな事するつもりじゃなかったんだけど」
「いや、誤解すんな。別に怒ってるわけじゃねぇよ。そうじゃなくて・・・あそこまでやって止めるか?普通」
「・・・」
「どうせならいくとこまでいっちまえばいいのに。あれじゃ譲子も気の毒だ」
「・・・将臣君は、それで、いいの?」
「あ、俺か?お前ならいいって前から言ってるだろ」
「嘘」
「嘘じゃねえよ。俺は妹の恋路に一々目くじら立てるような心の狭い兄じゃねぇよ」
「妹、じゃなかったら?」
「・・・のぞみ・・・」
「ねえ、将臣君、答えてよ。譲子ちゃんは妹じゃないだろ?」
「・・・からむなよ。病人が。妹とか、妹じゃないとか関係ないだろ。
大事なのは譲子が誰を想っているか、だろ?もしも・・・」

一旦言葉を切って、将臣がまた続ける。

「もしも、譲子が俺を想っているというのなら、誰にも渡したりしねぇよ」

「将臣君・・・」

「・・・だから、いいんだ。譲子がお前を想っていて、お前も譲子を想ってる。何の不都合があるんだよ。
まさか俺に遠慮してるなんて言うなら真っ平ごめんだぜ。
好きなら好きって言っちまえよ。だいたいお前は昔から素直じゃないからな・・・」
「素直じゃないのは将臣君の方じゃないか」
「そうか?じゃあ有川家の血筋かな。でも譲子も素直じゃないからどうなのか・・・」

言葉を続けようとした将臣の顔をのぞみがぐいっとつかんだ。
そして無理やり口付けた。

「なっ・・・何するんだ」

「・・・お裾分け、だよ!」

「のぞみ」

「好きなら好きって言えばいいのは将臣君の方じゃないか・・・」

「・・・それで譲子が喜ぶとでもいうのか?」

「・・・」

「あいつを困らせるのはごめんだ」

「ボクは・・・将臣君も好きだよ」

「おいおい」

「ボクは・・・君達2人がいれば、何もいらない。君達が幸せになってくれればそれでいいんだ」

「・・・のぞみ。じゃあお前は俺と譲子がくっついても何も感じないとでもいう気か?」

「・・・」

「違うだろ?・・・今まで俺たちは確かに3人で暖かい幸せな世界にいたのかもしれない。でもな」

ひょい、とのぞみの枕元からりんごを拾って将臣が言う。

「楽園からはいつか出て行かなきゃならない。その時が・・・来てるんじゃないのか?」

「・・・」

「こいつを食って、出て行くんだよ」

コツン、とりんごをのぞみの額に押し当てる。

「お前のイブを見つけただろう?」

「・・・まさおみ、くん・・・」

ばたん。
譲子が綺麗に切ったリンゴをのせた皿と小さな小鉢を持って入ってきた。

「はい、兄さん、リンゴ・・・あ、せ、先輩・・・起きたんです、ね、よかった・・・」

「お、ほらイブのご登場だ。ナイスタイミング」
「〜〜〜将臣君!!」
「え?いぶ?何の話だよ?先輩、リンゴ摩り下ろしてきたんですけれど・・・食べられそうですか?」
「え、あ・・・うん」

さっきの出来事をを思い出し赤くなるのぞみと譲子。

「あ、でもその前にお粥食べてもらわないと・・・少し冷めてしまったかな」
「ううん、冷えたほうが食べやすくていいかも。じゃ、お粥、もらうね・・・」

目を合わせないようにもごもごと会話をする2人を将臣が面白そうに見ていた。
ベッドから起き上がろうとしたのぞみがぐらっと倒れこみそうになるのを将臣が支える。

「おいおい。無理すんなよ」
「・・・ごめん、まだちょっと、しんどい、かも・・・」
「大丈夫ですか。じゃあクッションを背中に入れますね」
「うん・・・ありがとう」
「じゃあ、お粥です・・・はい」

譲子が土鍋から粥を器に取り分けてのぞみに渡す。

「うん・・・おいしい。ありがとう譲子ちゃん」
「よかった。食べられるだけでいいから、無理しないで食べてくださいね」
「うん、わかった」

にこ、と微笑みあう。それは恋人同士のそれではなくて家族としての微笑で。

「おい、このリンゴ美味いな。もっと貰ってくりゃ良かったな」

しょりしょりと音を立てて将臣がりんごを食べる。

「もうっ!兄さん、勝手に食うなよ!」
「俺の分だろ?腹減ってんだよ」
「そうだけどさ・・・もう少し兄さんは遠慮ってものを知った方がいいと思う」
「将臣君にそれは難しいよ。猫にお手を覚えさせる方がまだ出来るんじゃないの?」
「おい、俺はそこまで傍若無人かよ」
「自覚ないところが・・・」
「やっぱり将臣君だよね」

あははは、と笑いあう2人を将臣は憮然として眺める。
(こいつら・・・さっきとは大違いだな)


『楽園』


さっきのぞみに向かって言った言葉だが、本当にここは楽園だと将臣は思う。
お互いがお互いを思いあって、居心地が良くて、暖かい。

もう少しだけ、ここにいるのもいいのかもしれない。


「譲子、さっきお前がいない間、面白かったんだぜ」
「え?」

「のぞみが寝ぼけて俺にキスした」

ぶはっ!

粥を噴出すのぞみ。

「えっ、ええええええっ!先輩が、兄さんにっ!?」
「おう。こいつ寝ぼけると色ボケするタイプなんじゃねえの?」
「まっ・・まさおみ・・・くんっ!!」
げほげほとむせながらも、のぞみが将臣を睨みつける。

「お前はされなかったのか?」
「あっ・・・」
かあっと譲子の顔が紅潮する。

「やっぱり、そうか。気をつけたほうがいいな。今度からは見舞いは2人で来ようぜ」
「え、ごほっ、ごほ」
「のぞみもその方がいいってさ。俺達2人が好きなんだと」
「ごっ、ごほっ!」

「先輩、お水・・・」
むせるのぞみに譲子が水を渡す。
「あ、ありがと・・・」
「私にだけじゃなかったんですね・・・」
小声で譲子が言う。
「いや、そ、そのっ、あれはえっと・・・」
「兄さんと・・・一緒ですか」
「あ・・・えと、それは、いや、そうじゃなくて!」
赤くなったり青くなったりするのぞみ。
「・・・ふふっ」
それを見て譲子が笑う。
「譲子、ちゃん・・・」
「いいです、それで。・・・今は」
「・・・うん」



神様。この楽園に、もう少しだけ。



「リンゴ・・・ちょっと食べようかなぁ」
「やめとけ。またむせるぞ」
「将臣君・・・さっき言ってた事と違う・・・」

恨めしそうに言うのぞみににやりと将臣が笑ってみせる。

「さっき言った事って?兄さんが何か?」

不思議そうに譲子が聞く。

「えっ、ううん何でもないよ」
「はは、冗談だよ。ほら、食え食え」


3人で食べるリンゴはこの上なく美味しかった。

<end>








          楽園とっぷ 





宝珠のお返しにリクしてもいいと聞いて、おねだりした作品。
お題は『セクハラ』 sava様ありがとうございました。たっぷりしっかり悩ませてしまったようで、すみません。
異常気象ネタだけど、こちらにアップ♪。
けどこれって、「生殺しlv.2」どころじゃない気が… lv3?4? MAXはいくつなんだろう。
のぞみが「生殺し」なら、のぞむは「寸止め」かな?(変な特技コーナーじゃないって)
将臣じゃないけど、そこでやめるな!のぞみ!! そして将臣まで毒牙に…(笑)
やっぱ将はいい男ですねv攻略したいなぁ。
2006.11.18 総