かわいいむさしくん



























「譲、それ何だ?」
緑のフェルトを丸く切っている譲を、譲子が不思議そうに見る。
「蛙のむさし君のざぶとん。」
「は?」
譲が指差す場所を見れば、本棚の片隅にちょこんと座る黒マントの蛙。
「よし。」
青い布の上に先ほどの緑のフェルトを置き、その上に蛙を置く。
「………どうしたんだ、それ。」
「麗慶さんにもらったんだ。文化祭の生物部の展示品。『よかったらどうぞ』って。」
その言葉の前に、刺すなり殴るなり潰すなり呪うなり、という言葉が入っていたのだが、乙女フィルターの掛かった譲の記憶には残っていないようだ。
「なんで、むさし君なんだ?」
「薙刀があるから。」
そういって見せられたのは、可愛らしい蛙にあうサイズの薙刀。
ちなみに、刺すためにと、薙刀をオプションで渡したのも麗慶である。
姉弟そろって器用なものだ。
「ん、できた。」
薙刀を手前において譲はにこりと笑った。
「そこで、見守っててねv」

蛙が何を見守るというのか。

譲子は突っ込みたいのを堪えた。

見た目に反して乙女な譲は、憧れの人に贈られたものがうれしいのだろう。
譲が蛙の頭をなでてキスをするのを見て、譲子は大人げの無いとなりの幼馴染の行動を思い、小さくため息をついた。









最強のライバル
























































































「かわいいなぁv」
譲は黒マント蛙『むさしくん』に薙刀を持たせてご満悦だ。
このぬいぐるみ、針金でもはいっているのか器用に薙刀を持たせることができるのだ。
薙刀を持って、梵字の入ったマントを羽織っているから、
武蔵坊弁慶より『むさしくん』
さっきからぬいぐるみを可愛がる譲。
その姿はとても愛らしいのだが。
放置された形になった、遊びにきている能力超高校生・中身幼稚園児な10代後半健康男児は面白くない。
「…譲ちゃん、それ、お気に入りなんだね。」
「はい。麗慶さんに頂いたんですけど。」
のぞむを振り返って譲が言う。
「なんだか可愛くって。本当に見守っていてくれるみたいな気がするんです。」
気のせいでしょうけど、と譲が笑う。
「あ、すみません、先輩。お茶も出さなくて。」
「いや、大丈夫だよ。」
のぞむは笑顔で答えるが、内心蛙が気にいらなくてしょうがない。
気のせいなのか、あの蛙の目に見張られている気がするのだ。
「今お茶を淹れてきますね。むさしくん、いい子でねv」
ちゅ、と蛙の頭にキスする譲。
それをみて、うっかり殺気立つのぞむ。
それに気付かず譲はパタンとドアを閉めた。


「…ったく、蛙の分際で。」
譲がいなくなったのを見計らって、望むが思いっきり蛙の頭を叩きつける。
ふんっ、と蛙を睨みつけ、ぬいぐるみが元に戻るのをみていたら、行き成り蛙が動き出した。

「…キケン…キケン…ユズル…キケン…」
「はっ!?」

どういう仕掛けなんだ?スイッチでも入っているのか!?

のぞむが驚愕してぬいぐるみを見ようと手を伸ばしたら、行き成り薙刀を突きつけられた。

「…テキ…ニンシキ…フウイン…フウイン…」

訳の分からない言葉を言い始めたかと思うと、蛙の体がゆらゆらと揺れる。
心なしか、ぼんやりと黄色い光を放ち始めた。

「ユズルノテキハ サジンニカエル」

蛙が薙刀をのぞむに向けたまま飛び上がった。

「チキュウメッサイ!!!」

奇妙な土色の光が自分を包み、足元がぐらぐらとゆれる。
思わずのぞむがバランスを崩して座り込む。
頭上には薙刀を構えた蛙が眼に入った。





「お待たせしました。」
ぱたん、と音がしてドアが開く。とたんに光は消え去り、ぽてっと蛙がのぞむの上に落ちてきた。
「どうしたんですか?先輩。」
奇妙な格好で座り込んでいるのぞむに、譲が不思議そうに声をかけた。
「…ね、ゆずちゃん。…さっき…、地震、あった?」
のぞむに聞かれて譲がきょとんとする。
「ありませんよ。特になにも。」
のぞむの上にのっかった蛙を見て、譲が言う。
「あ、むさしくん、落ちちゃったんですか。」
だから聞いたのかな、と譲は頷いた。
「いや、こいつは!」
のぞむが蛙のマントをつまんで掲げれば、蛙の薙刀が自分の手首を狙う位置にあるのを見て冷や汗を流す。
揺らしたわけでもないのに、先ほどからつんつんと自分の手首の動脈をつつく薙刀に、さしもののぞむも背筋に冷たいものが走った。
「むさしくん、時々おっこちちゃうんですよ。うーんバランスが悪いのかなぁ。」
苦笑しながら、譲が『むさしくん』を受け取り元の位置に戻す。
「先輩。はい、どうぞ。」
のぞむの隣に戻ると、譲がのぞむに紅茶を差し出した。
「ああ、ありがとう。」
ちらりと蛙を見ながら、のぞむが言う。
「ね、ゆずちゃん。あの蛙と、俺とどっちが好き?」
「えっ?」
子供のようなことを言い出したのぞむに、譲が眼を丸くした後くすくすと笑った。
「先輩、むさしくんはぬいぐるみですよ。」
「譲ちゃんからのキスなんて、俺ですらほとんどないのに。」
のぞむがすねたように言う。
「蛙にはするのに、俺にはしてくれないの?」
じぃっとのぞむに見つめられて、譲が顔を赤くする。
「それは…」
「…ゆずちゃん…」
そっと譲の肩を抱き寄せて、のぞむはそのまま唇をよせた。

ぱふん

「って!」
「あ、やだ、むさしくん。また落っこちたの?」
もう、大丈夫?といいながら、譲が『むさしくん』を撫でる。
「…おい…」
のぞむはひきつった顔で、自分と譲の間に割って入った蛙を見た。
あきらかにありえない角度、届かない距離を飛びこんできて、さらにはきっちり自分だけを薙刀で突いた蛙のぬいぐるみ。
その蛙の持つ薙刀が、きらりと光ったように見えた。

いつか出し抜いてやる。

のぞむはそう心に誓った。



written by sou



イラスト sava  文 総 07.02.21書下ろし