無自覚症候群
「あれ?のぞむ兄さん、一人?」
「…譲はゾミと出かけた。」
西町の春日家へ行けば、でてきたのはご機嫌斜めなのぞむだけ。
「ふーん。譲って、時々そうやって単独行動をとるよな。」
譲子にとって、譲がのぞむと離れるのが単独行動らしい。
ポツリといったあと、ちょうどいい機会だと譲子はのぞむに言う。
「のぞむ兄さん、譲にセクハラするのも、いい加減にしなよ。
あること無いこと教え込んで。おかげて譲の一般常識がずれてるだろ。」
「セクハラでなくて、愛情表現!」
「あんな愛情表現があるかっ!」
「ある。男として当たり前の愛情表現だ。」
きっぱりと言い切るのぞむに、譲子が頭を抱えた。
「まったく、少しは先輩を見習えよ。」
「…あまいな、譲子。ああいうタイプが一番危ないんだぞ。」
「は?」
のぞむがにやりと笑えば、譲子が怪訝そうに見た。
「ああいう、普段ストイックなやつほど、理性が飛んだときがやばいんだ。
加減が分からなくて突っ走っちまう。」
「……………」
「ってわけだから、いつやられてもいいように、玉の肌に磨きをかけとけ。」
「のぞむ兄さん!!!」
真っ赤な顔で怒る譲子。のぞむはくつくつと笑うのだった。
「…変なことを言われてる気がする。」
のぞむくんだな、と、のぞみは眉根をよせた。
奇妙なところで第六感がはたらくのぞみだった。
「どうしたの?のぞみくん。」
不思議そうに譲が聞く。
「ああ、ごめん。なんだかやな予感がしただけ。それで、相談って?」
「あ、うん。その、先輩のことなんだけど…」
譲がいいづらそうに言う。
「何?」
「付き合ってる人、いるのかなぁって…。」
これにはのぞみも絶句するしかなかった。
「兄さんはため息しかつかないし、将兄に聞いても笑うだけだし、譲子はなぜか固まるし…
聞ける人、のぞみくんくらいしかいなくて。」
どう答えればよいのだろう。
いや、答えなど一つしかない。
問題は、いかにしてその答えを目の前の彼女に納得させるか、ということだ。
「付き合ってるって…」
「…中学のときはたまにいたみたいなのに、最近ぜんぜん聞かないし、いつも私の面倒ばかり見てるから…」
「それは…」
のぞみは困惑して譲を見た。
あれほど良くも悪くも愛されていて、どうして分からないのだろう。
「…もしかして、時々ボクや譲子ちゃんとだけで出かけるのは、そのせい?」
ふと思いついて譲に言えば、譲は黙って俯いた。
それをみて、のぞみは自分の考えが間違っていないこと知った。
優しい彼女のことだ。
のぞむが自分の世話から解放されて自由な時間を持てるように、と気遣ってのことだろう。
…それがのぞむの機嫌を悪くしているとは、考えずに。
というか、世話をしてるのは明らかに譲ちゃんだから!
のぞみ、思わず握りこぶしで力説(ただし脳内)
「………のぞむくんが、譲ちゃん以外の女の子と付き合ってるっていう話はきかないよ。」
何から言えばよいのか分からなくなり、のぞみはとりあえず、事実を口にする。
「…やっぱり、私がいるから…?」
「違うよ!」
不安そうに顔を上げる譲に、のぞみが真剣な顔で答えた。
「譲ちゃんだって、知ってるだろう?のぞむくんは、やりたいことがあれば、どんなことをしてもそれをする。
自分の意に反することは、誰に言われてもやらない。」
「…うん。」
「だから、のぞむくんが譲ちゃんの隣にいるのは、のぞむくんがそうしたいからだよ。」
そぉっと頭をなでれば、譲は小さくわらった。
「そう…だと、いいな。」
「そうだよ。」
重ねて強い口調で言えば、譲は苦笑気味に、小さく微笑んだ。
のぞむくん、いったい何をしてるんだよ!譲ちゃんにこんな顔をさせて!
自分のことは棚上げして、のぞむを怒るのぞみだった。
「結局さ。」
「ん?」
将が言うのを、臣が不思議そうに見た。
「セクハラだろうが、愛情表現だろうが、相手がそう感じてなきゃ、意味が無いってことだな。」
「まぁな。」
将の言葉に臣が溜め息を吐く。
「理解されてなきゃ、何もしてないのと同じってな。」
「なまじ慣らされてる分、何もして無いよりたちが悪いかもな。」
二人の兄は、複雑な顔で笑った。
written by sou
かくれ狼
のぞみと譲は買い物も終わって公園で一休みしていた。
この2人はほのぼのというか、波長が似ているというのか、
まるで老夫婦のようにゆっくりと過ごすことが多いのだ。
「今日はありがとう・・・あれ、のぞみくん髪緩んでるよ」
「あ、ほんとだ」
「直しても、いい?」
「うん。お願いしようかな」
さらさら、と譲がのぞみの髪に櫛を通す。
「似てる・・・」
「うん?」
「ううん。のぞみくんと先輩って髪の質まで似てるなあって思って」
「ああ、そういえばのぞむ君の髪って譲ちゃんが編んであげてるんだったね」
「のぞむくんは譲子にやってもらったりしないの?のぞみくんっていつも・・・ええと、その」
言いよどんだ譲にのぞみは苦笑して言葉を続けた。
「髪の毛ぐちゃぐちゃ結び、でしょ?」
「ごめん」
「いや、いいんだよ。ボク、ほら不器用だから」
「だったら尚更譲子にやってもらえばいいのに。喜んでやると思うけどな」
「うーん、それはそうなんだけど」
「何か理由があるの?」
「・・・ボクはのぞむ君ほど意志が強くないから、かな」
「どういう事?」
怪訝そうな譲に、くす、とのぞみが笑う。
「触られたら・・・触りたくなっちゃうから。やっぱり」
「え・・・」
「触ったら、どんどんもっと触りたくなっちゃうし・・・止める自信ないから」
「のぞみくん」
譲が髪を編む手を止めてのぞみの顔をまじまじと見る。
「驚いた?」
「うん。びっくりした。のぞみくんがそういう事言うとは思ってなかった」
「あはは。男ってね、好きな子には触りたいものだよ。・・・それはのぞむ君も同じだと思うよ」
のぞみは譲にウインクしてみせる。譲がはっとする。
「そ・・・うなのかな」
「のぞむ君も譲ちゃんに触りたくて仕方なくてしょうがないんだろうなあ。気持ちは分かる」
「・・・」
「だから、安心して触られておきなよ。安心してってのも変な話だけど」
「・・・ありがと。のぞみくん。はい、髪の毛できたよ。あ、ちょっと待ってて」
譲は片手でのぞみの髪がほどけないように押さえながら、
もう片方の手で器用に買い物の荷物の中から何かを引っ張り出した。
「さっきヘアゴム買ったから・・・今日のお礼にあげようと思ってたんだけど今つけちゃうね」
「うん」
譲が選んだヘアゴムは小さなビーズがいくつか付いていて、でも派手すぎない色合いのものだった。
「はい。できた」
「ありがとう。へえ、かわいいね。こういうのもあるんだ」
「これなら学校にもして行けるでしょ。明日もこれ使ってね」
「?、うん、わかったよ」
「のぞみくん、今日は付きあってくれてありがとう。そろそろ帰ろうか」
「そうだね。じゃあ家まで送ってくよ」
「うん。行こう」
にこっと笑う譲の顔を見て、のぞみはほっとする。
『ほんとに・・・のぞむくん、もう少し譲ちゃんの気持ちにも配慮してあげればいいのに』
のぞみは自分の事は分からずじまいでのぞむに腹を立てるのであった。
written by sava
かくれへたれ
「あのさ、のぞむ兄さん。ゆずが変なこと言ってたけど。」
「ゆずちゃんが?」
譲子に睨まれて、のぞむが不思議そうな顔をする。
ここ最近は、特になにも教えていないはずだけど。
心のなかでのぞむは呟いた。
一応自分が変な常識を教えている自覚はあるようだ。
「『先輩と付き合ってる人っているのかな。』」
譲子の言葉に、のぞむが固まる。
この場合の先輩は、のぞみではなくて…
「それ、ゆずちゃんが言ったのか?」
「ああ。」
譲子がじろりとのぞむを睨む。
「どういうことだよ、のぞむ兄さん!」
「どうって言われても…」
「なんで、ゆずがいまさらそんなことを言い出したんだ!?身に覚えは!?」
「ないね。煙りすら立てた覚えは無い!」
「だったら、なんで!」
腹が立つ。
いつでも、いつまでたっても、譲はこの男の一挙一動に振り回されてばかりで!
「なんで、あんな顔させるんだよ!!」
いつだって、この男のために、あんなにもさびしげな顔。
この男の前では絶対にしない、諦めた笑顔。
「先輩のことをからかうのぞむ兄は好きじゃないけど、嫌いじゃない。
けれど、譲を悲しませるのぞむ兄は、大嫌いだ。」
譲子が唇を咬む。
「譲子…」
「譲には、のぞむ兄さんだけなのに。のぞむ兄はわかってない。」
いつだって、譲が嘆くのは、苦しむのは、そして諦めてしまうのは、のぞむ兄さんのためだけなのに。
「…こわいんだよ。」
その言葉に、譲子が驚いてのぞむを見る。
「俺も、譲ちゃんも。」
自嘲じみた笑み。
その珍しい表情に、譲子が眼を見張る。
「この先にすすむことで、変わることを…終わることを、恐れているんだ。」
今を、心地よいと感じているから。
苦笑。再び珍しいのぞむの顔。
「…だからって、譲を泣かせていい理由にはならないだろ。」
譲子が憮然として言えば、のぞむは笑った。
「そうだな。ちゃんと譲ちゃんにわかるように行動しなきゃな。」
「そうだよ。」
「わかった。」
こくりと頷くのぞむに、譲子が安心したのもつかの間、続く言葉を聞いて譲子は固まった。
「これからは、恋人として、今まで以上に触れまくることにするよ。」
「は?」
顔を上げれば、にやりと笑うのぞむ。
「ってことだろ?」
あ、もちろんささやくのも忘れないからv
などと、のぞむがのたまうので、譲子の額に青筋が浮かぶ。
「違うっ!都合よく曲解するな!!」
「いいじゃないか。譲ちゃんはもう16。いつでも嫁にこれるんだから。」
「そういう問題じゃない!」
「そういう問題だろ?」
ぎゃあぎゃあと怒る譲子に、しゃあしゃあとのたまうのぞむ。
しばらくの間、西の春日家に怒声が響いていた。
written by sou
イラスト sava 文 sava & 総 2006.11.09-14日記
無自覚症候群 かくれ狼 かくれへたれ 加筆修正