涙と笑顔 



「俺の場合は、『私は妹じゃありません』だな。」
臣の言葉に、譲が怪訝そうな顔をする。
「なんだよ、それ。」
「俺が振られる時の言葉。」
「………兄さんが振ってる、の間違いだろ。」
「向こうが断ってくるんだから、俺が振られたことになるだろうが。」
臣が言えば、譲は心底呆れた顔をした。
「泣いてるの、あっちじゃん。」
「俺だってショックだぜ。」
「よく言う。」
「ホントだって。」
譲の口調に苦笑しながら、臣が言う。
「これでも、いいなって思ったから、付き合ったんだぜ?断られれば、それなりに傷つくさ。」
臣の言葉はもっともだが、別れ際の対応を見ているととてもそうは思えない。

泣きながら、そういう相手に、まるで最後の優しさのようにそっと抱き寄せる臣。
そうして言う言葉が『ごめんな』で、微笑のオプション付きじゃ、臣が振っているように聞こえても無理は無い。

「ってもなぁ。俺が泣くわけにはいかないだろ?」
「当たり前だ。」
臣が言えば、譲がぴしゃりと言い切る。
「ったく、『別れるときなら抱きしめてやるよ』って、本当にそうするんだから。
兄さん、ひどすぎ!」
「べたつくの、苦手なんだよ。」
「私にはくっつくじゃないか。」
「お前は妹だろうが。」
臣がケロリと言う。
「そのお前と同じような態度をとれってことは、妹扱いしろってことだろ。
いくらなんでも、妹を恋人にする気は無いぞ。」
その言葉に、譲がぐっと言葉を詰まらせた。
…その通り、だから。
「そりゃ…。そうだけどさ。」
ふう、とため息をつくと、譲がぼそりと呟いた。
「私のときは、『女らしくしてみろ』だったな。」
「へぇ……………えぇ!?」
反射的に返事を返した後、その言葉が脳に届いて臣が叫んだ。
「譲っ!?」
「なんだよ。私が振られたのがそんなにおかしいのか?」
「じゃなくて、………誰に振られた!?」
「…忘れた。」
「忘れるものじゃねぇだろっ!」
臣ががくがくと譲をゆするが、譲は貝の口。

のぞむの訳が無い。
のぞむは(自分もだが)譲に女らしくしろなどといったことはただの一度も無い!
言うまでも無いことだからだ。
のぞむにとって譲は妹で、女の子で、女性だから。
それは幼いころから変わらない。

誰が言った。
誰が、譲を傷つけた!

臣が怒りで赤く、青くなるのを見て、譲がため息をついた。
「いっとくけど、私だけが傷ついたわけじゃないぞ。」
その言葉に、臣の動きがぴたりととまる。
「兄さんだって、言っただろ。向こうだって傷ついた…傷つけた…んだ。」
譲が苦しそうに言う。
それを見て、臣はそっと譲を抱き寄せて、優しく頭をなでた。
「…そうか。」
「うん。」
「…昔の話、だったな。」
「うん。」
「大切だったか?」
「うん。」
「けれど、別れたんだよな。」
「……うん。」

もっと、ずっと、大切な人が、大好きな人が、いるから。

譲が臣の腕の中で小さく呟いた。
「そうか…。」
臣がそっと背中をなでれば、譲がぎゅっと臣にだきついた。
「言ったんだ、その人。女らしくしてみろって。妹じゃなく「女」として振舞え、そうすれば、きっと手に入るからって。
わ…たしが、他の人を好きなの、気付いて、知ってて。それでもまっててくれて。」
それでも、笑ってくれた。

涙交じりでそういう譲を、臣はあやすように抱きしめた。
『妹』にする抱擁。

「兄さんに、似てたんだ。おおらかで、良く笑って。ちょっとだけ短気で、優しくて…
いっぱい、いっぱい傷つけたのに、最後は笑ってくれた。」
最後まで、笑ってくれたんだ。

「…男は、プライドがあるからな。」
譲の言葉に、臣が苦笑して言う。
「女の前で、泣くわけにはいかないだろ?」
そう言えば、譲が顔を上げた。
涙で滲んだ目で、それでも笑った。
「つまらないプライドだな。」
「そうだな。」
臣が同意すれば、譲が目を丸くする。
それをくすりと笑って見て、臣が言った。
「プライドを優先させられるうちは、本物じゃないんだろうな。
だから、お前も気にすんな。」
ぐしゃぐしゃと譲の頭をなでれば、譲が不機嫌な声で文句を言う。
その後、小さく笑った。
そんな日常を心地よいと思いながら、臣は心の中で呟いた。

とりあえず、今日聞いたことは、のぞむには内緒だな。

それでも譲に笑ってくれた相手の男に、臣は少しだけ感謝した。

こいつの笑顔を守ってくれて、ありがとう、と。





written by sou



文 総 2006.11.27日記
 涙と笑顔 加筆修正