望 



譲とのデート(?)からしばらくたったある日、のぞみがのぞむを呼び出した。

「珍しいなゾミ、お前が俺を誘うなんて。で?何の用だよ」

店に遅れてやってきたのぞむがにやりと笑いながらのぞみに聞いた。
会えばさわればからかわれるので、のぞみからのぞむに声を掛けることは滅多に無いのだ。
のぞむのいつも通りのふてぶてしい顔に

『憎ったらしい顔してるよなのぞむ君』

と目の前のアイスコーヒー(激甘)を頭からかけてやりたい衝動を抑えながらのぞみが言う。
ちなみにこの2人の外見はほぼ一緒なのだが。

「…譲ちゃんの事なんだけど」

その名を聞いたとたんに、すっ、とのぞむの顔が真面目になる。

「何があった?」

その真剣な眼差しがのぞむの譲への気持ちの全てを物語っているようで、のぞみはほっとする。
そしてのぞみは譲との会話をのぞむに伝えた。
譲がどうして時々のぞむと離れて行動するのか、その理由を。そして譲の不安を。

「ゆずちゃんが、そんな事を…」
「のぞむ君、セクハラだけじゃ通じないよ。触るのは身体だけじゃ駄目だろ。心にもきちんと触れてあげなよ。
どんなに触れても心を繋がなきゃ、意味が無いよ」
「…お前に俺が教わるとは、世も末だな」
「のぞむ君、ボクは真面目に話してるんだよ」
「分かってる」
「だったら、もう少し譲ちゃんの気持ちも考えてあげて…」
「うるさい…!」

きっ、とのぞむがのぞみを睨みつける。

「…お前に何が分かるって言うんだ。いくら俺が言葉を尽くしてもゆずちゃんの心に届かない。
触れることができる所にはいくらだって触れる。愛情表現でできる事はなんでもする…それのどこが悪い!?」

その強い瞳にのぞみが怯む。

「なのにお前はそれをたやすく手に入れているのにどうして拒もうとするんだ。
 行き場のない思いがどれほど辛いかお前には分からないのか」
「のぞむ、くん…」
「俺には譲子の気持ちがよく分かる。目の前に確かに欲しいものがあるのに、
 どうしても手に入れられない」

のぞむは一つ溜息をついて、苦しげに言う。

「…まるで拷問だ」

今まで見たことが無いのぞむの姿に驚きながら、のぞみは言った。

「…のぞむくんにだって、ボクの気持ちは分からないよ」

のぞむは答えない。

「ボクだって、譲子ちゃんの思いに気がつかないわけじゃない。でも…」

一旦言葉を切り、ふ、と視線を遠くに飛ばしながらのぞみがつぶやく。

「ボクは彼女を傷つけることが、一番怖いんだ。大事なものを失くした時…それでも人は笑えるんだろうか」
「…何の話だ?」
「…ボクは、今までずっと18まで生きられないと言われて育ってきた」

のぞむがうつむいていた顔を上げてのぞみを見つめる。

「生まれたとき、命の保証はできないと医師に言われた。それでも生きる希望を捨てないために「望」の名を付けたって」
「…昔の話だろ。呆れたな、まだあのヤブ医者の話を信じてんのか。今は元気じゃないか」

のぞむが言うのを、ふ、と儚げにのぞみが笑って遮る。

「季節の変わり目には必ず寝込む。疲れると熱を出す。こんな情けない身体を丈夫と言える?」
「だから、か?」

自分に万が一のことがあった時に譲子が悲しまないように。なるべく遠ざけて。

「…熱が、出るだろ?」
「うん?」
「そうすると眠るのが、怖くなる。ここで寝たらもう二度と目覚めないんじゃないか、って」
「…」
「死ぬのは怖いとは思わない。譲子ちゃんが笑わなくなるのだけが、怖い」
「のぞみ」
「ボクは、譲子ちゃんには、いつも笑っていて欲しいんだよ」
「…それってある意味すげぇ傲慢な発言だぞ。お前、譲子は自分のもんだと思ってるだろ」

のぞむの言葉にのぞみがくす、と笑う。

「ボク、視力だけはいいから」

譲子の仕草も微笑みも駆け寄る足取りも。すべてが語っているのはたった一つの言葉だけ。

「彼女はボクを慕ってくれてる。…時々見るのが苦しいくらい。だから、傷つけられない」
「お前が二の足踏んでるのは、将のことだけじゃなかったんだな…」

ふう、と大きく溜息をついてのぞむがグラスに残っていた飲み物を飲み干す。
そして…

べしっ!

「あいたっ!」

のぞむがのぞみの頭を思い切りひっぱたいた。

「贅沢者!」
「のぞむ君」
「傷つけたくねえから遠ざけるだと!?莫迦野郎、そういうお前の態度が一番譲子を傷つけてるんだよ!」
「…譲ちゃんを泣かせてるのぞむ君に言われたくないよ」
「っ、るせえ!この病弱ヘタレが!」
「うるさい、セクハラ大王!」
「ヘタレに言われる筋合いは無い!」
「…中学の時ののぞむ君の恋愛遍歴は見事だったよね」

のぞみの顔から表情が消え、白々とした笑顔を浮かべる。

「1コ上の先輩、同級生に…教育実習生もいたっけか」

のぞみが冷たく言い放つ。
びし。のぞみの言葉にのぞむが固まる。

「俺はどこぞの女々しい奴とは違って健康な男子だからな。経験も大事だろ…ておい何でお前がそこまで知ってんだよ!」
「弱いのは身体だけで、ボクは視力も聴力もすこぶる良いからね」
「どこが弱いんだよ、この猫かぶりエゴイストが!お前見たいなタイプが百まで生きるんだよ!」

ぎゃあぎゃあと喧嘩する2人の合間を縫って、
すっ、すっ、と器用に新しい替えの飲み物がテーブルに置かれた。

喧嘩に熱中している2人はよく見もせずに、それぞれの飲み物をぐっと飲み干した。
そして…

ぶはっ!!

2人同時に噴出した。

「「ななな、なんだこれ!」」

一見クリームソーダーに見えるそれは・・

「がほがほっ、あ、青汁・・・に生クリーム!?」

そしてコーラーに見えるこれは・・・

「こっちは、これ・・・めんつゆを炭酸で割るんじゃねえよ!!」

ぎっ、と振り返ればそこには、怒りのツインタワー。

「「痴話ゲンカなら余所でやれ!!」」

「お、臣・・・」
「将臣くん・・・」

ここはカフェ「far awey」
当然、ウエイターは将臣ズ。

「「てめえらさっきから聞いてりゃ人の妹の事をあれこれ言いやがって」」

「いや、それは、ええと」
「・・・悪ぃ・・・」

「「でてけ!他の客に迷惑だろうが!!」」

ぽい、ぽいっ。
望ズが猫の子のように店からつまみ出された。

「まったく馬鹿野郎が・・・」
「本当に阿呆野郎が・・・」

「「譲(子)も苦労するよな・・・」」



written by sava




 cafe far awayを追い出された二人は、所在無く歩き始めた。

「どれほど。」

 のぞむがぼそりと言うので、のぞみがそちらを見る。

「どれほど、考えようと、それは俺の気持ちでしかない。
俺の気持ちで、譲ちゃんの気持ちを推し量ることしか、できない。」

「のぞむくん…?」

「ずっと、そうだった。そうして、間違えた。間違えた間、傷つけ続けた。」
 罰なのかもな。

 のぞむが苦い笑みを漏らした。

「やれるだけのことはしてるさ。後、俺ができるのは、離さないことだけだ。
離さなければ…いつかは、分かってもらえる…からな。」

 諦めたような溜め息と共に、のぞむが言う。
 言葉が出なくて、のぞみがのぞむを見ていると、のぞむがこちらを見て言った。

「お前も、いい加減にしとかねぇと、後々苦労するぜ。」

 力なく笑いながら、眼差しだけは真剣な光を持ったまま言われて、のぞみもまた真剣に答えた。

「…それでも、今が間違っているとは、思わない。間違っていても、変えるわけにはいかない。」

「やっぱ、バカだろ、お前。」
 苦労しやがれ。

 そういい残して、のぞむはひらひらと手を振ると、帰って行った。

「まだ、変えるわけにはいかないんだ…」

 のぞみ口から漏れた小さな呟きは、誰にも聞かれること無く空へと溶け込んだ。





written by sou





文 sava&sou 06.11月&07.6.02書き下ろし